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―――ぴくっと、動いた自分の指先で目が覚める。



「う…」



視界がはっきりしてきて、白とその上に伸びた己の手が見て取れた。体に纏わりつく雪の冷たさに身震いする。



「いつまで寝てやがる青琉ッッ!!」

「ッッ!!」




しかし虚ろな頭に響いた小十郎の怒声で我に返る。

―――思い出した。

歯の根を食い縛り、うつ伏せの体を持ち上げて振り返る。
自分をすっぽりと覆っている奴の影。目の前に立ち塞がっているその背中。
ぶらんとした左手の指先からは血が滴り、はっとして見上げる。



「…良い夢は、見られましたか?」



目を見開いた。
二本の鎌。白い髪。紫の唇が、笑う。



「―――青琉」

「…明智光秀」




右手の真剣で止めている小十郎がその名を口にして、射殺すように目頭を深くした。



「此処が伊達の縄張りと知ってのコレか。―――随分と舐められたモンだな…ぁあ!!?」



鎌ごと光秀を弾き返す小十郎。咄嗟に受け身を取る光秀は塀の手前にすたっと着地して立ち上がった。



「くく、…ついつい手が伸びてしまいました。久しぶりの再会なのですから、」



鎌に着いた血を舐め取って、



「―――楽しい宴といたしましょう!」



狂々と目を大きくして笑う。

―――手が動かなかった。
―――体が動かなかった。

(動け)

刀は伸ばせば届くところにある。

(息をしろ)

呼吸を整えれば体は動く。

手を伸ば―――…「青琉ッッ!!」



息を詰まらせて小十郎を見た。焦点が合ってきて、鮮明に映って、思い出す。
その背は目の前に大きく、壁となって居た。
―――己と奴を遮る砦のように、前に立っていた。

小十郎は青琉と目が合うと前に戻す。



「前を向け。…てめえは何のために此処にいた」



『私にとって、独眼竜が思い出させてくれた大切な事柄。だから自分の手で知らなければならない』



「てめえが俺に見せたのは、奴なんぞに揺るがされる覚悟か?…ぁあ!!?」

「!!…」




大きくなって揺れるその目に、光が戻る。



「行け。政宗様のところに」



呆然と閉じることが出来なかった口。その隅をぐっと奥に引き結んで、



「―――あぁ」



小十郎の背中に返した。抜けきらない焦りを滲ませながらも真っ直ぐに見つめる。刹那、奪うように刀を掴んで駆け出した。



「…」



小さくなっていく音。横目で聞き届けて、すぐ反射的に前を見る。

ガンッ!

光秀だった。火花を散らし、二鎌を小十郎の刀に押し込む。
その細い眼は小さく見える青琉の背を追い、身を乗り出した。



「ああ…いけません、私に彼女の血を…血を…!!」

「黙ってろッッ!!」



右手を被せた左手で踏み込みと共に薙ぎ払う。
ビキ、と痺れるような痛みが走る左手に舌打ちする一瞬。光秀が体勢を崩す。その目にひと際大きな雷撃が、小十郎の放った一撃が―――迫った。

ドオンッ!!

雪を巻き上げて、青い稲妻が空高く走って四散する。



「…減らねえ口が」



カチャリと右手の刀を差し向けた。



「此処に乗り込んだ意味、分かって言ってんだろうな」

「ンッフフフ…」




晴れていく煙の中で揺れる影。風が吹くと、ところどころ斬れたところから流れる血を晒して、光秀が肩を揺らし笑っていた。



「痛い…ああ、痛い…フフフフッ…」



顔を上げて、線のように細めた瞳に小十郎が映る。



「彼女の前の貴方、ああ…昂ります」



ざーっと、足を後ろに擦らせてさらに構えを深くするのは小十郎。
光秀がゆっくりと歩みを始め、



「いつぞやの続きといたしましょう…心あるこの地で果てる姿、」



舌舐めずりをして駆け出した。



「―――私に見せて下さい!!」

「寝言は寝て言いなアッッ!!」




同時に間合いを詰めて、青と緑の光が空を劈いた。

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