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『―――… う…っ、… ろう…』



―――それは眠りに落ちる前にみた何か。靄の様にくぐもり、光のように眩しく。掠んでいく。



『―――…違う…っ、だろう…』



そんな時だ。あの時の、訴えるアイツではっきりと甦る。―――まるで、



『―――…違う…っ、だろう…』



それがアイツとでもいうように。



◇―◇―◇―◇



がんっ、きいんと寒天に金の音が響く。



「はぁ…はっ―――」



空は曇り始め雪がちらついていた。明るくなっていくはずの景色も影で覆ったかのように暗く、不明瞭になっていく。

ざざーっ!と、雪上を擦れに擦れる足にぐっと体重を落として。



「どうした」



漸くその圧が効き、止まる。目の前に立ち塞がる大きな影に顔を上げた。
ただそこに立っているだけだというのに、手合わせした時とは別人のように重い。
平生の奴とは比べ物にならない力と圧。其処にいるのは私の見てきた片倉小十郎とは違う。



「それが政宗様を唸らせた腕か?ぁあ?」



―――いや。

してやられた。竜の右目、厄介な男だ。

竜の右目。ああそうだ。

(奴は強い)

…何を今更、

(分かっていたことだろうが)

―――歯を噛み締める。しっかりと目を開いて、眉間に皺を刻んで睨み上げると、影をより濃くして静かに歩いてくる片倉がいた。



「お前には此処で大人しくしてもらう。―――少なくとも俺の目の届くところでな」



唇を引き結び、じゃきっと刀を持ち直した。足を後ろに引いて耳横に持ってきた刀。瞬間、横にぶれるように姿を消す。

キィンッ!

小十郎が少し目を大きくした刹那、目の前には青琉がいた。正しくは潜り込むように、下から振り上げるようにぶつかった一合に次いで、そのまま打ち合いになる。



「…ほお、思ったより早えじゃねえか」

「っ、…」

「でもな」



互いに甲高い音を鳴らして弾かれて、刃が離れた。



(しまっ―――)

「足りねえ」



押し返され不用意に浮いた足。即座に目の前が白に覆われる。
間髪で体を振り切ってその雷撃を避けた。そして地面に着いた手を反動に、後方に転回して間合いを取る。



「―――!」

「甘えよ」




目を見開いた間もなく突っ込んできていた。直ぐ様受け身を取ろうと刀を前に持ってこようとするが。

ドッ

―――みぞおちに瞬間的な圧迫が降る。峰打ちだった。
こみ上げた空気は、「かはッ…!」と為されるがまま吐き出されて。



「オラァッ!!」



金属音が鳴って自分が打ち上げられたことだけは分かった。

―――小十郎が斬り上げた二刀目をしまう。その先で青琉が落下し雪が舞った。



「がはッ…、げほッ…う…っぐ…」

「…」



眉を寄せて見据える小十郎。がっと手をついて、体を持ち上げて。



「はっ………、…はっ…!!」



両手で構えた刀。片膝をついて、じっと睨んで動きを止める。
―――青琉は立ち上がっていた。



「分からねえ」



―――と。小十郎が言って足を止めた。



「何がお前をそこまで頑なにする?」



―――政宗様との間に何がある?―――

唐突に入ってきた二つ目の問いに、はっと一瞬息を止める。
僅かに開いた口を、きゅっと閉じて。



「…あぁ。―――私もそう思うさ」



洩れた笑みに合わせて口角が少し緩んだ。
―――ずっと考えていた。



『分かる?青琉。あなたは青琉って言うの!』



自分が何のために生き、何のために戦うのか。



『全てが青琉―――お前への復讐よ』



砕けた復讐の理由。それを埋めるには大きすぎて、何もかもがどうすればいいか分からない状態。



『―――責任もって、受け止めてやるよ』



しかしそうして強要された生は私に、



『青琉殿ー!』
『いつでも加賀に遊びにいらして下さりませ』
『隊長ー!』
『我ら、あなた様をずっとお待ちしておりましたから』
『―――青琉お姉ちゃん!!』
『この縁に感謝を』




生きる理由を一つずつ示していった。



「生は死よりも遥かに重い」



『―――何だよ…アンタッ…!』



「私は、大事なことを忘れていた」



それは私の意識の中だけで、他人には理解されないのかもしれない。
何の甲斐もない夢幻なのかもしれない。



『また治っちゃった…』
『他所者のお前に…ッ!私の、あの時の気持ちが分かるのッッ!?』
『―――また例の頭痛か』




今とは異なる未来の世。そこからずれ始めたこの現世。



『お前を見た、そんな気がすんだよ』



分からない理由。だがこれは、私と独眼竜の問題。



「私にとって、独眼竜が思い出させてくれた大切な事柄」



そう感じるんだ。



「だから自分の手で知らなければならない」



自分の言葉で、問いたいのだ。



『あなたは青琉って言うの!』



―――無謀だと思われても構わない。



『それでもお前は、”言えねえ”と言い通すのか』



―――勝手だと罵られても構わない。

あの記憶の先を経て得たもの。知ったもの。
家族。仲間。―――それを戦国(此処)で、

(護り抜くために)

青琉の髪がふわっと揺れる。そして周囲が青く煌々と光を放ち始める。
小十郎の目が僅かに大きくなった。しかしその変化は気付かれる前に普段の厳しい顔に戻る。

(…ッたく。急に一丁前な面になりやがって―――)

「!」



キインッ―――と。その場に一番高く強く、音と火花を鳴らして刹那は起こった。
左に薙ぎ払う刀は速い一方で逃す。
宙で転身し、しゅたっと綺麗にしゃがみ込んだ。間合いを十分にとったその体は小十郎の背後にあり、じっと動かず構えている。



「…いいぜ。来い青琉」



後ろに小さく顔を向けるやそのまま体ごと振り返る。ドスッ!と刀を地に突き刺し、吹き上がった強い風が小十郎の髪を乱して垂れた。



「お前の覚悟、見せてみなぁッ!!」

「片倉ああああぁッッ!!」




一斉に間合いを詰めて刃がぶつかる。瞬時に稲妻と氷柱が空高く上がって霧散した。



◇―◇―◇―◇



「!」



はっとして、その方向を見ていた。雪で視界は良くない。しかし。



「っ…、」



煌めきを見た、気がした。
―――目を閉じて背を向ける。

(姉様)

どうか。
この子のために、謀った私をお許し下さい。

そう心に唱えて、揺れる馬の上で腕の中に眠る幼子を抱き締めた。

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