11

―――アイツのことが知りたい―――
それは政宗の興味の大きな変化だった。

最初はあの魔王の下で戦う女と聞いて、少なからず警戒はしていた。が、思った以上に人間らしくて。それが始まりだったのかもしれない。
己に怒り、苦しんで、何か此処にはいないものと戦っている気がした。それが何かは分からないが、その背中に背負ってるものが何なのか。

織田の手先でありながら、他人とは思えないアンタが何者なのか知りたいと思ったのだ。



「MUGNUM STRIKE!!」



最後の一撃に、暗い谷底は青白い雷と野太い悲鳴で震える。が、それも収まり打って変わって静寂に包まれた。

少し骨のある野盗だった。とはいえ、辺りに明かりといえばほのかな月光と、その弱々しい光を反射する敷き詰められた石塊や大岩が主で、案の定、雨雲にその月明かりも消されるものだから敵を過大評価していただけかもしれない。
今は月も顔を出す気配なく、離れたところにある川も音だけが頼りという具合であまり当てにならなかったが、何とかなった。

己の技で岩瀬まで吹き飛び伸びている雑魚兵を目を凝らし何とかひと目で見渡すと、運良く当たらなかった残党達が「ひいっ!」と情けない声を上げて腰を引きながらわたわたと同方向に逃げていったから、goalはあの方角かと頭に入れておく。

政宗が刀をしまった。



「思った以上にかかっちまった。だが肩慣らし位にはなったか?」

「…」



時が経つにつれ先が閉ざされていく暗闇で数刻歩き続けていたのだ。先刻は敵に見つかって戦うのは面倒だと青琉に釘を刺したが、そろそろ体は発散を求めていたらしい。
しかも態々こんな谷深くまで迎えてくれたついでだ。このまま引き下がるつもりもなかったようだし、出口でも吐いてもらうかと思っていたが。



(結果は悪くねえ、と思っておくか)



「やっぱアンタなかなかだな。この半分はアンタの手柄だ」



だがコイツにとって奴らは邪魔者以外の何者でもなかったらしい。
オレはこの前立てで常時視界良好だったが、兜も付けていないコイツは途中から土砂降りになって髪から雨が滴っても、髪が張り付いた顔の色一つ変えずに次々と斬り、血を浴び、確実に絶命させていく。あの薄暗さと大雨の中で大技もなく抜かりねぇ、大した女だと言えばその言葉に尽きる。が、一言も発せず無表情に殺していくその様は良く言えば優秀、悪く言えば非情だ。時折死に損ないの野郎が「このアマ…!!」と反撃していたが、あの時の見下す目―――寄せつけねぇ目は、コイツが織田の配下なのだと妙に納得してしまうものだった。

とはいえ雨が降っていた所為もあるかもな、と既に上がった雨を思い返す。



「―――行くぞ」

「もっと喜べよ」



…しかしまぁ敵なら気に入らねぇ戦闘styleだが、あの青琉を見た今にしてみれば根っからの外道じゃねぇという思いも捨て切らない。だからオレはコイツに声をかけるんだろう、



「つれねぇ奴だな」



と。

政宗が苦笑混じりのわざとらしい溜息を漏らせば、元々政宗に向けていた横顔は目を逸らした方向に隠れ、背を向け歩き出していた。その背はあからさまに興味がないと語っている。



「青琉、stop」



止まりな。そう言い変え飛ぶ声に青琉の顔は一瞬にして曇り、足を止め思い切り振り向く。



「貴様…ッ、馴れ馴れしく名を呼ぶな!!」



予想通りの反応が返った事に内心ほっとした。ちゃんと、【人間らしく】戻っていると。




「ah?言った筈だぜ」



『アンタがオレに一太刀浴びせられたら、止めてやる』



「名前くらいでそう騒ぐな、それより「ふざけるのも大概にしろ」



だからいつも通り軽い気持ちで言った【呼ばれ方で騒ぐな】という言葉は、どうも面倒に繋がってしまったらしい。
重く強い言葉が飛んでくる。静かでいながら一文字一文字に込められた殺意が自分に向けられたものだと認識するのは造作もない。
暗闇の中ではっきりとその顔が見えるわけじゃないが、さしずめ野盗共に向けたあの冷酷な目―――非情な瞳を此方に向けているであろう事は予想出来た。

案の定、何処かからの光を反射して見えた鋭い目はやはり、躊躇いという感情をなくし、考える事を止めた―――ただ殺す事だけをinputした目だった。

ピリピリとした空気が肌を切るような痛みさえある。今までにない青琉の殺気に政宗は口を閉じ眉根を寄せて見返した。



「そんなに始末されたいのなら、

今此処で貴様を―――!!」



しかし青琉にとって動いたのが運の尽きだった。



「ぅっ!!」



柄を握った手は鞘から刀身を見せる事なく、一歩踏み出した右足も先に進む事はない。左腰の刀を引き抜こうとした右腕は自分の体と地面に挟まれ動けなくなる。
何故なら左太腿を政宗の刀の柄に突かれ、突然走った激痛で何の受身も取れず倒れたからだ。



「貴、様…っ」

「話を聞けっつってるだろうが。痛みがpeakで我を忘れてんのか?」



地べたに伏す青琉を見下ろす政宗。だが青琉には自分を見下しているようにしか映らない。



―――すっと。
細められた目が自分を嘲笑っているとしか思えない。



「いや…痛みが分かんねぇ程怒りで我を忘れてんのか知らねぇが、」



助長するように目を閉じ笑う奴。ああそのすかした表情も態度も何もかも腹立たしい。

消してやる。
私の前から消し去らねばこの煮えくり返った腸は引きずり出しても収まらないだろう。

そう憎しみにも似た怒りを込めて睨みつけていると、それまでは何処か余裕をちらつかせていた政宗の顔から

全ての笑みが消えた。



「―――今のテメェは雑兵以下だ」

「なっ…」



突然言い放たれた言葉に、怒りは混乱に変わる。何より自分に向けられた目が、今までになく冷えていた。まるで人間じゃないように。



―――信長公の、ように。



(く…ッ、)



石畳という事も忘れて地面を掴む。ごつごつと手の中に集まる石くれが痛い。
噛み付くように見上げても政宗は怯まないどころかさらに言い連ねた。



「状況把握まで出来ねぇんだからな。行く?こんな何も見えねぇ中、何処に向かうつもりだ?」

「…」

「奴らのお陰で方角は分かったが、月は完全に隠れた。今から動くには足場も視界も悪い…おまけにこの寒さだ。体力を削られるだけだぜ」

「…」

「賊に後ろ取られてからじゃ遅ぇんだよ」

「もう取られたりは…しない…!!」



がっと急に視界がぶれ、驚いて目を見開いた。

しゃがんだ奴に胸倉掴まれ、上半身を無理矢理起こされたのだ。



「…ッ!」



(何故、だ)



睨まれたくらいでこの私が、何故こんなにも気圧される。



(刀を抜け)



柄に手が置かれているのに、力を入れる事は叶わない。かじかんで、上手く握れない。



「アンタは全然分かってねぇ」

「ぅぐ…!」



さらに強い力で胸倉を引かれ息が詰まった。身体も思うように動かない。何も、出来ない。
余裕ぶった奴しか知らなかった私には対処の術が―――そんな言い訳をしたくはないのに。



「アンタ、オレの首を織田に持ち帰るんだろ?なら少しはcoolになりな!―――自分の怪我の状態も分からねぇ奴が」

「―――っ」



ドクンと心臓が跳ねた。
―――まさか、この男は。

政宗は舌打ちをする。



「アンタが何に苛立ってやけになっているのか知らねぇが、自暴自棄になってるようじゃ将なんざ務まらねぇぜ。アンタを指標に付いてる部下もいるだろ」



(少なくとも俺はアンタの率いる軍を見て、兵の表情を見てそう思った)



全員が全員、心まで織田に染まってるわけじゃねぇようだと。
アンタを仰ぎ、アンタに奉公してた。
魔王の軍にもあんなまともな主従関係があるとはな。



「もっと自分の体を大事にしろ。戦で足を壊せば、命を落とすぜ」

「…!、」



半ば突き放すように離れた手。思わず衝撃の言葉を飲み込み、再び地面とくっついた己の体。

まさかこの男は、



(私に情けを、かけているというのか)



呆然と、思考停止した。理解が追いつかない。
確かにあった怒りと殺意は、自分の何を知って、何が分かると叫んでいた心の内はごちゃまぜになって青琉の行動を止めていた。



「―――ホントはこんな真似したくなかったが、」



そうしているうちに政宗は一つ行動を起こす。
片腕は脇下から背中へと、もう片方は膝裏に潜り込んで青琉を抱き上げたのだ。



「―――な」

「こうでもしなきゃアンタは止まらねぇんだろう?」



地に足つかない感覚。見上げる距離の近さ。



「止めろ離せ」

「shhー…」




陰る顔から覗く見開いた目で言った青琉を、赤子の顔を確認するかのように窘める政宗。



「騒ぐんじゃねぇ、また賊を呼びてぇのか」



オレはいいが…いいのか?アンタのこんな姿、誰かに見られるのは。

そう子声で言われ、全身のあらゆる血管という血管がぶち切れそうで。やっと自分が
今までになくこの男に殺意を持っているのだと分かった。奴は私が嫌がるのを分かってこんな体勢で、さらには私の身動きを封じているのだ。

…殺す。殺す殺す殺す。

その後はもう待ったがきかず、勢いのまま鞘を掴んで刀を抜こうとした。



「…What a fool」

「ッ、ぁ…!!」


しかし後手だった。奴は、膝を抱える腕をさらに胸に引き寄せ、圧迫された左脚がびきっと悲鳴を上げる。



「…ッ、…!…!!」

「余計な事を起こすんじゃねぇ。足折ってる上に斬られてんだろ」



奴の腕の上で体勢を崩したのは私の方だった。体が縮まり、刀を抜くどころではない。己の意志とは反して、浅い呼吸の中で酸素を欲する。

いつの間にこいつは、



「何…、故…ッ…!?」

「知ってんのかってか。アンタは隠し通しているつもりでもバレバレなんだよ」



当たり前のように返すその目、口。
疑問と苛立ちだけが募って募って、痛みに拍車をかける。見透かすような目は本当に私を見透かしていると、嫌でも思わされる。私は言っていないのに、何故私ばかり奴には知れる。
理不尽だ。
不平等だ。



「ふざ、けるな」



それでも。



「敵に…」

「!」



それは政宗の予想外で。どんっと、怪我人にしては強い力が当たった。
―――まさか胸を押し退け逃れられようなどとは思わなくて、均衡が崩れてしまう。



「なっ」



受け止めようとするも間に合わず、青琉は地面に落ちた。



「…アンタ」

「くっ…」



げほっと咳き込み上半身を起こす。




『信長公の意向に添う働きを』




政宗の声など届いていなかった。
今となっては背を向ける無防備さも、醜態を晒そうともどうでもいい。
―――もう、取り返しはつかない。



「敵に…っ、…助けられる、くらいなら」



『期待していますよ…青琉』



「…私はッ!!」



刹那鳴る金属音。刀は回転して遠くに突き刺さっていた。抜いた脇差は政宗が弾き飛ばしたのだ。



「な、ぜ」



喉に降ろしかけた武器はいつの間にかなくなって。だらんと力が抜けて腕は体の横に戻る。ぺたりと座り込んでいた青琉の顔が茫然と、空を仰いだまま動かなくなった。



「何故邪魔をするっ!?」



一変し、ぎゅっと寄せた眉で青琉は政宗を睨み付ける。

止めろ。これ以上私の仮面を剥がすな。
これ以上…情けをかけられたくない。

どうして



「私に、構うな………っっ、」



目の奥が熱くなる



「私は…ッ、」



どうして



「敵に助けられる等、あってはならないんだ…」



止まらなく、なる…。



「……」



俯き動かなくなった青琉。

今は見えなくなったその顔は、何故邪魔をすると言って歪んだその顔は、怒りを滲ませオレを睨んだくせに、覇気をなくしていった。

黙っていた政宗が口を開く。



「―――…アンタ、何に追い詰められてる」

「!…」



追い詰められてる?



(私、が?)



「アンタとは何回か戦りあったが、こんなんじゃなかった」



『死ぬ貴様に名乗る名等、無い』

『政宗様。ここは退くべきかと』




最初のアンタは、coolで真っ直ぐで頭もキレる強い女だったじゃねぇか。



「何がアンタを縛ってる?」



『分かっていますね、青琉』



私は―――。

声は出なかった。



「―――…ってのは聞かねぇが、」



目を瞑り、一時反応を待った。しかし再び開いて見えた姿は俯いたまま、まるで目的を失ったように留まっている。
政宗は目を細めた。
そして少しだけ待った足は次には近づいて、青琉を抱えて横抱きする。恐ろしいくらいに抵抗なく、拍子抜けするのを通り越し、俯いた顔を見ようとした。が、青琉の首元から鼻筋まで映していた政宗の視界はそれ以上向かなかった。
向けるのを止めていた。

視界の隅から流れてきた透明な粒が頬を伝い、自分の腕にそっと零れたからだ。
…それを見届ければ、髪で隠れた目を見ずとも十分に理解できた。

政宗は視線を逸らして前を見る。小さく息を吐いて上がった肩を落とした。



「そこに洞穴があった、今宵はそこで一晩超すぜ」



出発は明日だ―――と、独り言のように呟く。返事はない。代わりに聞こえたのは声を詰まらせたような、まるで嗚咽を殺したような音。
それを聞きながら、政宗は黙って歩き出す。

丸くなる背中は見せるまいと、聞かすまいと足掻いて隠そうとしているのだろう。必死に堪えているのが分かった。
手は腰に挿した鞘と外套を、一緒に掴んで震えている。
嗚咽を飲み込もうとして、震えている。

―――真っ暗闇の中、遠くの川のせせらぎと僅かに反射する光だけを頼りに政宗は歩いた。



一人、涙の女兵を抱えて。

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