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分かっていた、いずれこの時が来ると。



お前は本源だ。言えねえもんを抱えてる以上、俺達の信用もその程度だって事を覚えとけ』



与えられていた猶予。整理をつけて伝える機会は、



『お前、こんなところで何してる』
『―――部下を助けた事、礼を言うぜ』
『お前を見た、そんな気がすんだよ』
『…そろそろ頃合だ』

≪いい夢見ろよ、青琉≫




沢山あったのだ―――。



◇―◇―◇―◇



真っすぐと伸びる刃。目と鼻の先で止まっている切っ先。
亀助が目を瞬いて、二人を交互に見合わせる。



「…え、……ええ!?」

「片倉殿…!」



重蔵が青琉の前に進み出て、ばっと手を広げた。



「いくら竜の右目とて、我が主君に仇なすのなら」

「―――良い」



短く凛と通る声。重蔵が目を見張った。
その腕に手を置き、



「お前達は牡丹とねねを探してくれ」



下ろさせると、ずいと前に出る。



「なれど!」

「ゆけ」



たった一言。その一言で、喉の奥まで出かけていた言葉はそれ以上行けなくなって。
―――重蔵は黙り込んだ。細くなって震えた目は閉じて、仲間に目配せをするとあっという間に引き連れて走り去る。
一人置いていかれた亀助は「えっえっ」と言いながら、



「隊長!」



すがるように青琉を見つめた。しかし青琉は振り向かない。
亀助たちが去るのを待つように、小十郎から離れないように無言を貫くだけだ。
亀助は歯を噛み締めていた。しかし吹っ切る様に重蔵の後を追っていく。

―――角に消えていく彼らを眺めていた小十郎は視線を戻し、目を瞑った。



「…ったく、部下だけは一丁前に恵まれやがって」

「―――いつ倒れた」



目を上げる。すると刀の先で下を向き、立ち尽くす無防備な女がいた。



「聞いてなかったのか」



言うや再び目を閉じる。



「―――お前と同じ頃合だ」



はっとして、口を引き結んだ。
深く深く身を縮めて、



「…そうか」



と掠れるような声で応えて手を握り締める。

―――そんな青琉を見て小十郎の目付きが変わる。



「【赤い月】」

「―――ッッ」




息を飲んで目を見開いた。それは。



「…心当たりはあるか」



その言葉は。




『行ってはならん青琉!』
『あ…!あぁ…ッ!!…』
『見る……な…』
『―――どうして…!!う…ぁッ…!!』




赤が甦る。



「はっ…、はっ…」



色が散乱する。

照らし出される転がった骸。瞼の裏に焼き付く炎。嗤う顔。
鮮明に思い出される―――痛み。



「はぁ…ッ、はぁッ…!!」



胸元を掴んで押さえて、ふらついた体を踏み留める。心臓がどくんどくんと早くなり、肩で呼吸していた。
それを見据えながら小十郎は続ける。



「先の戦で明智が言っていた。それだけじゃあ意味が分からなかったが、」



『あの女は望月出雲守―――うちの里の筆頭だった忍の娘みたいでね』



「猿飛からお前の出を聞いてな」

「…っ」



やっと落ち着いてくる。中からか外からか、はたまた双方からか―――喉に引っかかっている異物感を堰き止めた。



「―――一族が殺された日だ」

「……」




ごおっと唸る風。それは二人の間に積もっていたさら雪を吹き飛ばすと途端に勢いを失う。



「…余程酷いモンだったのは認めてやる」



静まりかけた声音は、



「だがな、結局それもお前の独りよがりだろうが青琉」

「…」



容易く不和の気配を帯びる。
冷ますように小十郎は深呼吸をして目線を脇に投げた。



「考えてみりゃあ簡単だった」



『あオ、…か』
『青香から受けた傷以外治ってしまう。…それが私の体だ』
『―――また例の頭痛か』




「訳の分からねえ話。それが異なものだと知りながらお前は何も言わなかった」



『青香の狙いは私だ。だから―――私が生きていると知って接触してくるだろう。
光秀もな。今更天下などに興味を持ち、進軍などありえん。
だから私が、自分で片を付ける。邪魔をするな』




「だが目的ははっきりと、何処から来たのか分からねえ自信で断言しやがる」



お前は分かってたんだろ。



「知らなかったわけじゃねえ。口にしなかっただけだ」



―――ぎり、と唇を噛んだ。



「巻き込んでから後悔するのはもうやめろ」



『片倉様』



「ねねが言っていた。お前が倒れる寸前、頭を押さえていたとな」

「…!」

「その頭痛、政宗様がお倒れになったのと関係があるんじゃねえのか」



ガチャッと、持ち直した刀が煌めいて軌道を正す。
再び込められたものは見なくても分かった。言いたいことも、



「…」



―――これから何が起こるのかも。
青琉は丸くなっていた背中を起こし、胸を押さえていた手も脇にやる。



「…やはりお前は聡いな、片倉」



『おねえちゃん!』
『青琉様』




ああ、そうだ。私には安息過ぎる日々だった。
まるで昔のことのように思い出す。



『青香ー!』
『起きたらお食べ』




思い出して。駄目だと分かっていながらも動けなくなって。



『…夢を見てな』



告げることができずにまた。



『あ、青香―――』



―――また、気付けばこうだ。



「お前の言う通り、本来は話すのが筋なのだろう」

「なら―――」

「だが!」



きっと目を上げる。即座に眼差しは下を向き、握った拳と共に震えた。



「今はまだ、言えぬのだ」



『…テメッ…!』
『別に』
『お前、名は―――』




やっと何かが分かる気がする。…やっと前に進める気がするのだ。
故にこれが過去だというのなら私は確かめなければならない。消えた牡丹とねね。無くなった鉄飾り。
―――その訳を。



「信じろとは言わぬ。だがこれだけは知っていてくれ」



すっと手の力を抜いて、顔を上げた。



「私は伊達(ここ)が好きだ」



守りたい場所だ。



「―――だから」



私は今、私の意志を貫き通したい。



『お前を見た、そんな気がすんだよ』



あの時言えなかったこと。今度こそ独眼竜に伝えなければならない。
…いや、



「其処に立ちはだかるのが、お前なら」



伝えなければならないんじゃない。



「―――私はお前を超えてゆく」



伝えたいんだ―――。
小十郎は青琉から視線を外さなかった。そして沈黙は、瞑目の後に終わる。



「なら仕方ねえ」



カチャリと鳴った刀は青琉から離れた。そして足をぐっと後ろに滑らせ、上体を落とし、小十郎は顔の横に刀を置く。



「刀を抜け。青琉」

「…」

「お前がそこまで頑なに言わねえのなら、覚悟しろ」



此処を離れるってなら俺は。



「容赦しねえぞ」

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