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―――しんしんと降り積もる雪が脇で散らつく。
音もない時間は一時と言うべきか、出方を待った間と言うべきか。
互いの眼光は微動だにせず、ただそこに佇んでいた。
しかし気付かない亀助がいつものように口を開いて、そんな空気を払拭する。
「ねねさんと牡丹を探してるんです!なんか急に隊長の部屋からいなくなっちゃったみたいで…」
「ぁあ?」
小十郎が怪訝な顔で亀助を見た。ガンを飛ばしているように見えるのはいつものことで、亀助と重蔵が青白い顔で震え上がる。
「…あの親子か」
小十郎は少し首を傾げると目を閉じた。
「―――知らねえな」
「…」
それを青琉はずっと見続けていた。
小十郎の目の色、視線の先、表情の揺らぎ。僅かな変化をも捉え漏らさないように、眼差し一つ外さなかった、が。
―――風雪に髪靡く。押しては引く波のような風に吹かれて、髪は顔を隠す。
やがてすっと収まって、
「…そうか」
と踵を返した。
「青琉」
身を刺すような声が飛んできたのはすぐだった。足を止める。
小十郎は青琉の背を見つめて声を低めた。
「お前、何か勘付いてやがるな」
「えっ」と亀助が驚いて彼女を見る。
風がごおっと吹き付けて。髪を、着物をはためかせた。しかし青琉の顔は上がらない。
「確かめねばならぬことがある」
ずかずかと迫る足音。言い切った刹那、すぐに肩を掴まれ振り向かされると、胸倉を掴み上げられた。
「いい加減にしなッッ!お前はいつまでソレを続けるつもりだ!?」
「隊長ッ!」「片倉殿!?」と亀助と重蔵が身を乗り出す。
しかし小十郎は気にも止めずに、瞠目している青琉に一度言葉を飲み込んだ。
「…てめえ一人で済むものなら俺は口を挟まねえ。
だがお前のソレは、今までどれだけの奴を巻き込んできた!?」
「ッッ!!」
青琉が息を詰まらせる。見開いた目が、表情が震えて、横目と共に斜め下に沈む。
そんな彼女を小十郎はしっかりと目に映し、その目を閉じた。
「俺は言ったな」
『いつまでも隠してはいられねえ。…いずれ知れるぞ』
『お前は本源だ。言えねえもんを抱えてる以上、俺達の信用もその程度だって事を覚えとけ』
「お前の事だ。時が要るだろう。事情が厄介なのも知っている。
故に俺は黙っていた。…必要以上は黙っているつもりだった」
掴む手が強まり、再び開いた瞳は厳しく青琉に向く。
「…だがな、今回ばかりはそうもいかねえ。
政宗様が倒れた、今回ばかりはな」
「―――ッッ」
今、何と言った。
「倒れた、だと」
亀助達が思い出したように一瞬呆けて、戸惑いの顔で口ごもる。
愕然としている青琉を静かに見据えて、小十郎は目を閉じた。
「昨夜、政宗様と何を話したかは知らねえ」
お前がどう思っているのかも知らねえ。
「だがもうお前ひとりの話じゃねえだろう」
『この命、あなたに賭(と)す事こそ本望にございます』
お前に賭け、
『良かった…。ご無事で』
お前を憂い、
『―――青琉お姉ちゃん!!』
お前を慕う多くの者が、共に在る。
―――前に進みてえと本当に思っているのなら。
「それでもお前は、”言えねえ”と言い通すのか」
「…っ…、」
それは。
「はっきりしろ青琉」
このままじゃあな、
『少しの間だろうが、忘れさせてえんだよ』
「政宗様が許しても、俺が許すことができねえ」
ぐっと突き放した。よろけた青琉が何とか踏ん張って胸元を直した途端、はっと顔を上げる。
―――カチャリと言う鉄の音。日を受けて鋭く光るその先。
小十郎が刀を向けた。
「お前は何者だ。―――青琉」
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