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「…―――」



薄ら目を開く。
それは光というには覚束なく、温かさには程遠い明け方の白さ。
仄明るい空の明かりに青琉は起き上がった。

一息吐くと息は白く変わる。そんな部屋の中でいつの間にか布団の上に寝てしまったらしい。



「………」



ああそうだ。



『名は―――何だ』



思い出した。思い出したんだ。
自分でも驚くくらい冷静にとらえていた。これも、皮肉にも最初に教えられていたからこそ落ち着いて考えられるのかもしれない。

幼き日の自分のこと。今とは違う景色にいる自分のこと。

青香の言った通り、私はこの時代の人間ではなかったのだと。

―――障子戸を僅かに開いて視線を上げた。すると一瞬で強い吹雪に気圧されて、すぐ閉じる。
戻った暗がり。側の柱に背を預けるや、ずれ落ちるように座りこんだ。



『―――何だよ…アンタッ…!』



あの姿。あの顔。あの、声。
幼くも分かる。あれは―――、



(独眼竜、だった)



「……ッ…、」



ずきんと弱く始まる脈動。身を縮めて頭を押さえる。

考えれば考えるほど記憶が混ざって、境界線を失ってゆく。
夢にしては鮮明で、真にしては余りにこの世に馴染みない世界。
しかし明らかに違う。思い出す前とでは明らかに違う。

【孤児】という言葉。まわりの物、事。   

今は聞かぬものだと推測できるこの知識はもう知らないとごまかせない。
疑いようもなく此処は―――私が憧れた世だと納得がいくのだから。



「望月―――」



―――夢じゃない。



「…ッ…く、…!」



―――途端ズキズキと痛みは強くなって何も考えられなくなる。必死に堪えて呻く声は幸いこの吹雪に掻き消された。
音を立てて風が障子を揺らし、吹雪が斑点の影になって走る。
それが長かったか短かったかはわからない。



「……、」



戻した手は畳の上に放った。褥の向こうの障子に流れる雪の影が目に映る。

(なら)

視線を目の前のもう片方の掌に落とした。

何故…私は過去にいるのか。
何故―――。



『―――…何だよ』



そこに独眼竜を見たのか。



「…っ…―――、」



感情が湧き上がってくる。
その手で胸を押さえても、秘めていた想いだけを膨れ上がらせていく。これはきっと戦場で会ったあの時から、眩しさを覚えたあの時からあった羨情。

とても大事な―――納得するには足りない記憶(りゆう)を置いて、



『だから―――いつも通りのお前でいろ』

『いい夢見ろよ、青琉』




ずっと抱いていた恋情。



「―――…!…、」



落としていた瞼に光が差して。顔を上げると、障子から漏れている柔い日が朝を知らせてくる。
―――震える唇を引き結んだ。

ズッ。
障子を開けると目に入ってくる白銀の世界。外に出る。
ごおっと吹いた風はそれきり、優しく頬を撫でて。目を開けた。



『あなたの記憶…やはりあの時のものと関係あるのね』



知らない記憶。
それを知るのはただでは済まない。それはもう身に染みて分かっている。



『あなたが壊れてしまうんじゃない?』



青香が言った通り私がどうなるのか、何よりこの世でどうなるのか分からない。
―――此処で得た家族を、目の前で失ったように。



(それでも私は)



『望月―――青琉だ』



あの日の続きを。



『分かる?青琉。あなたは青琉って言うの!』



この世界で生を受けた意味を。

(―――知って、生きたい)

そう願って、部屋を後にした。

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