103

『―――なんだオマエッ…』

『今日が何の日か―――』

『―――…ッ、もう一度』




それは走馬灯のように目まぐるしく。意識を失うくらいに途方もなく。



『お前を見た、そんな気がすんだよ』



―――既に薄れかけていた【あの日】はその言葉で思い出した。
【あの日】の全て、思い出したんだ。



『―――何だよ…アンタッ…!』



本当の言葉。本当の出来事。



『お前、名は―――何だ』



私はいた。

私はそこに、いた。



『―――青琉』



そう答えて。すっと目線を上げた。



『望月―――青琉だ』




◇―◇―◇―◇



びゅうっと耳鳴りをして、霜風が滑っていく。
―――纏わりつく寒さ。その冷たさは身動きを許さないように、静かにその場に佇んでいた。
部屋から漏れる灯りが背を照らし、正座で石の表情をした小十郎の姿を象る。
他の者はもう夜も遅く、各々の寝床に戻っていた。



『―――呼んだか小十郎』

『ああ、…何でもねえ』




それは些事と捉えるには類稀で。その所作を単なる回顧と決めるには証左が足らず。
ただ、懐かしいと感じた。
そうやって秘めておられるのを見るのはいつぶりだったか。
一人葛藤しておられるのはいつぶりだったか。



『アンタだって…同じじゃねえのか……!!奥州を…護るために……ここまで……!!』



託された国への思い。民や家臣を背負う重み。
まだ年若かったあの方が辿ってきた道を、俺は知っている。



『少しの間だろうが、忘れさせてえんだよ』



故に。くだんの件がなければ、俺はただ行く末を見守ろうとしただろう。
それほどまでの想いをお持ちなのは重々承知している。
本来己が口を挟むのは無粋。それも承知の上。



『お前は本源だ。言えねえもんを抱えてる以上、俺達の信用もその程度だって事を覚えとけ』



だが俺は見極めてきた。



『…ああ』



ずっと―――見極めてきた。



『魔王の軍を任された野郎がどういう奴か、この目で見ておきてぇとは思っていた』
『待ち侘びていましたよ。まだか、まだかと…』
『織田は…滅んだ、のか』
『―――つくづく邪魔ね…ッ…独眼竜…!!』




数奇な縁と趨勢の中で日ノ本は大きく揺れている。



『オレはどのくらいこうしてた』
『アイツが…、青琉が…。急に…!』




最早偶然という言葉では片付けられない。
兆しはついぞ予想しえぬ形で起こりつつあるのだ。

(それを見過ごすことは―――出来ませぬ)

目を開ける。



「小十郎」



その声で、視界を床から上げた。
ばっと向いた顔で政宗を見つける。だんだん近付いて見えた表情は、いつも通り揺蕩う笑みが戻っていた。



「待たせたな」



伊達を、政宗様をお守りする。それが右目の務め。

―――小十郎は立ち上がった。



「御身体は」

「No problem.…問題ねぇ」



そう言って政宗は横を通り過ぎていく。



「戻るぜ。話は―――明日だ」



その背中をじっと見つめて。押し込むように目を瞑り、小十郎は黙って後をついていった。



◇―◇―◇―◇



「…」



障子から差し込む月夜を受けて銀が光る。畳が仄明るく発光し、照らされるような部屋の中で、掌の中の鉄鎖がひと際強く輝いた。

懐にしまい、そのまま蹲る様に押さえつける。



「ごめんなさい―――…」



後ろで寝返りをする少女。毛布に埋まる様にまた静かな吐息を始めた傍で、悲鳴に似た懺悔が消えた。

[ 103/122 ]

[*prev] [next#]
[]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -