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それからは早かった。亀助と重蔵を拾い、結局のところ四人で屋敷を回ることにしたのだ。
こっぴどく叱られた二人は、とぼとぼと後を付いてくる。その様子はまるで親子のようだった。



「面目次第もござらん………」

「信じらんねえよ…何であんなに床に落ちるの…怖すぎるよ…このやし」



き、と言った刹那にぐるんと小十郎の頭が亀助に向いた。目が光り、顔がものすごい剣幕でそれだけで凶器のようである。
「…ひいっ!」と爪先から頭のてっぺんまで亀助が震え上がったのは言うまでもない。
「亀助ええッ!!」「すんませんしたああっ!!」と脇で聞こえるがいつものことだ。



「ナカヨシか、アイツら」

「はっはっは」



重蔵が軽やかに笑った。

政宗と小十郎が辿った座敷と、亀助と重蔵が辿った座敷を合わせると残るは幾らかだった。
ある座敷で亀助が落とし穴に驚いて重蔵にしがみ付いたかと思えば、またある座敷では重蔵が一歩踏み出したまま周囲を脆い床に囲まれて身動きできなくなる。
そんなことも起こりながら少しずつ回り終わり、とうとう最後―――。



「…此処は」



屋敷の離れにある小さな道場に到着する。

≪ザッ…≫

『…―――きたのか』



―――先に進む亀助と重蔵を放り、小十郎が立ち止まって振り返った。すると、だ。予想と反して政宗がまだ入り口にいるのを発見する。



「政宗様?」



顔を上げて天井を見つめている政宗に、何か気になるようなものでもあっただろうかと同じく視線の先を追った小十郎だったが。



「ああ、…何でもねぇ」



一度目を合わせてきてすぐに横を通り過ぎる。政宗は真っすぐ進路を見つめてそれ以上返してこなかった。
小十郎はだんだんと遠くなっていく足音に目を向けて、そっと閉じる。
そして再度開けると後を続いた。



◇―◇―◇―◇



『―――!』



それは建物に足を踏み入れた刹那だった。思わず足を止めて天井を仰いでいた。
“来たのか”と、誰とも知らない何かを感じた気がする。
それはほんの一瞬の夢、いや…残像のようで。気のせいといえばそれで終わりだ。



「すげー!此処広いですね!」



亀助がはしゃぐ。広間はがらんとして何もなく、外からの雪明りが格子窓から差し込む普通の光景だった。
しかしそれが物珍しいらしい。亀助はひとりでに壁際を歩いてそこから見える景色を楽しんでいる。



「亀助、遊びに来たのではないぞ」



重蔵は口の前に手を立てて言ったが甲斐がない。
「全く」と苛立った風の小十郎もそれ以上は言わず足を進める。各々がばらけて見だす中、政宗はその場を一望した。



『…!お前、』



その時だ。迫るように頭に響いて直ぐ振り返る。

(何だ―――…)

妙に眩しくて目を細めた。光はますます強くなって、

(…―――!)

何も見えなくなる―――。



◇―◇―◇―◇



『…―――、』



陽だまりのように柔らかな白。くぐもっていた視界。
ゆっくりと瞬きをして、ぼやけていた焦点が定まっていく。だんだんと慣れてきた目は日差しの中に一人の子供を見つけた。
木枠の小窓から見える袴姿のそいつは正座のまま、視線を向けてくる。



『付いてきたのか』



霞みがかった木漏れ日がいくつも差し込んでいた。
その一つをその身に受けながら、木々のざわめきだけが間を保つ。

―――何も物がなくただっ広い道場。その真ん中にただ一人座り、両拳を膝の上に乗せて目を瞑るそいつがいた。少し前のその姿から目を離せなかったらしい。



『    』



何か言って目を逸らした。
真っすぐとして喜怒哀楽もなく、何の面白みもない。なのに揺るがないような強さがあるその瞳がやけに大人びていて気に食わない。…それだけだった。

だがそいつは体ごと顔を逸らし、背中を向けて座り直すだけで。



『別に』



とだけ言い返してくる。
それにまたむっとして、かといって言い返すのも癪だと黙り込んだ。

―――風が木の葉を揺らす。自然の中にいるような、外の息吹が直に聞こえてくる。
なぜだかとても心地いい。



『…』



目を瞑った。
どれだけ長く瞑っていたのか、暫くは波の満ち引きのように葉音しか聞こえなかった気がする。



『―――来たいなら、』



と。



『来ればいい』



不意に聞こえて目を開けた。何も変化はない。木枠の向こうのそいつの背中と、囲う四季の音が佇むだけだ。



『  』



どうせ続きもしない会話だと、矛盾と対をなす興味を受け入れたくないからか出てきたのは【同じ】言葉だった。
するとそいつは立ち上がる。横を向いて何もなかったかのように離れていった。途端に小窓からは見えなくなりそうで、木枠を掴んで呼び止める。
そうしたら足を止め、そいつが振り向いた。舞う夜色の髪から感情の薄い眼差しが覗いて目が合う。



『……、』



何と言って呼び止めたかは曖昧だ。



『………、』



だが。



『……ッ、』



今言わなければならないと、



『…教えろ』



心が急いたのだ。



『お前、名は―――』



―――何だ―――




◇―◇―◇―◇



「…―――さむね様」



微睡みから、



「―――政宗様!!」

「!」




呼ぶ激昂がした。見える光景は急に鮮明になり、視界いっぱいに小十郎がいる。焦りと驚きが綯交ぜの顔だった。
「独眼竜!」「独眼竜殿」と呼んでくる亀助と重蔵も隅に見える。

…状況が読めない。



「!まだお体を起こされては、」



ばっと手で遮った政宗に小十郎が口を閉ざす。手を下した。



「オレはどのくらいこうしてた」

「つい先刻です」



背を丸めたまま、床を眺める政宗。
小十郎の眉間は深まり、ぎゅっと細目になる。



「あと少しお覚ましにならねば、人を呼びにいかせるところでした」



じっと視線を感じる。その声が緊迫を表していた。
コイツがそう言うくらいだ。余程のことだったんだろう。



「一体どうしたんだよ独眼竜!急に倒れたりして―――」



あたふたと身を乗り出して、政宗の顔色を窺った亀助ははっとした。

―――額に手を当て、頭を押し込むように髪を掻き上げる政宗。
手は途中で止まり、顰めた目に一束―――髪が落ちる。



「筆頭ーッッ!!片倉様あぁーッ!!」



一瞬の瞠目の後に顔を上げた。小十郎達も同じくその方を見る。注目の的は入り口から走ってくる文七郎だった。



「此処に…!いらっしゃったん、ですか…!!」

「…どうした?」



冷静な政宗の返しに続いて、文七郎は辿り着き足を止める。が、息も絶え絶えに両膝を押さえて呼吸を整えていた。
そしてばっと顔を上げる。



「アイツが…、青琉が…。急に…!」



―――その言葉に見張った目が揺れた。



「倒れたんです!」

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