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『しかし残念でした。あの復讐しかなかった方に、別の感情が芽生えた。葛藤していても、数年の孤独に…青琉なら選ぶと思っていましたよ。あなたをね』



嫌な記憶が邪魔をする。あの時のまま変わっちゃいないこの破れた障子も、傷ついた畳もぼやかしてくる―――ただただ胸糞悪い話だ。



『私等、…置いていけばいいだろう―――』



あの日は忘れない。それは青琉の涙を初めて知り、アイツを守りたいと思った日。
あの時がなければオレはおそらく青琉を知ることも、これほどまでに青琉という女を想うこともなかったかもしれない。

だからこそ思ってしまう。奴の行動は―――青琉をよく知っているからこそまるでそうなるように、このオレも組み込んでのものなのだったと。

奴は、明智は。



『こんなところでくたばってらんねぇ、だ
―――ろッ!!』




オレがアイツを守ると知って、



『…―――』



アイツがオレを助けると知って。



(―――あの谷をstageにしたってのか)

「政宗様」



足を止めた。いや、寧ろ止まったといって相違なかった。



「―――呼んだか小十郎」

「先ほどからずっと」



気付かなかったのは余程自分が没頭していたからなのだろう。
その証拠に正面には雪が積もっている縁側が待ち構え、あと少し進めば雪に足が埋まっていたくらいだ。

政宗は振り向き小十郎と対面する。



「sorry.聞いてなかった」

「…」



小十郎は顔色一つ変えずに政宗を見つめていた。しかし次にはあたりを見渡して、片足の先を最終的に見下ろす。



「…だいぶ脆くなっております。足元にお気をつけなさいませ」



小十郎の足元が軋んだ。体重をかけたのだろう。直ぐにばきっと鳴って、そこが畳ごと凹む。
眉一つ動かさず小十郎は足を戻すと、「うおおおおお!?!?」という声と共に向こうで派手に崩れた音がした。煙が立っている。



「ったくアイツら…。

―――テメエら何手間増やすようにしてやがる!!」



後ろに顔だけ向けて声を張る小十郎は彼らにとってとんだ追い打ちだろう。
「も、申し訳ござらん…/す、すいませんうぅ…」と聞こえてきたのは蚊の鳴くような声だ。
思わず笑いが出た。



「構わねぇよ。…此処は建て直さなきゃなんねぇ。
元ある土台に充てるとしても何処が脆いか見ておかねぇとだしな」



それからオレ達は二手に分かれることにした。
オレと小十郎、亀助と重蔵でた。
屋敷の広さからしてこのままだと夜になってしまうと小十郎が踏んだらしい。アイツらにとっちゃ酷な気もするが、小十郎が即席で見取り図を描いて渡していた。



「…―――おう。此処は、」



そして何部屋も回ってあらかた見終わった最中、足を止めた。
こじんまりとした床の間だった。沢山ある座敷の中でも此処は当時のオレには縁遠く、あまり使わなかった記憶がある。



「…」



小十郎も足を止めた。しかしすでに政宗は其処に入りぐるりと全体を眺めている。



「―――良いのですか?」

「Ah?」



背を反るように後ろを見た。


「此処はかつてのあなた様のお住い」



先代が残したあなた様の屋敷。



「お気持ちは分かります。ですがまだ日も浅い者たちに住まわせるにはあまりに過分な計らいかと」



手を加えるは元より…建て直すなど、この小十郎には見過ごせぬこと。



「…」



横顔を政宗はじっと見つめる。
その視線の先で、閉じかけるほど細い目は静かに閉じた。



「ご無礼を…不遜のいたすところです。忘れてくださいませ」

「…」



『俺の名は片倉小十郎』

今日からテメェの相手はこの俺だ。覚悟しろ。




記憶が鳴る。記憶の中の声が鳴る。
目の前のそいつを重ねると見える。聞こえる。
昔の出来事だ。
―――こいつの呼びかけでやっとこの情景を思い出せたらしい。



「―――クッ、」



前触れもなく笑って顔を伏せた政宗。顔を上げ、相変わらず静かな小十郎に目を合わせた。



「悪い悪い。お前を見ると昔を思い出してな」



そう言うと腰に片手を当ててほんの少し体を小十郎に向ける。下がった顔を髪が隠して、小十郎にその心境はうかがえなかった。



「―――心配いらねぇよ。伊達の名はでかくなった」



と。少し真剣みを帯びた声が耳に届く。



「まだまだ駆け昇るぜ?こんな些事で揺らぐようじゃ親父も安心できねぇだろうしな」



言葉は小十郎の横を通り過ぎながら縁側に出る。
それに、と雪舞う空を見上げた。



「【この奥州の民は誰一人として嘆に荒んじゃあならねえ】
…そう言ったのはお前だろ」



ああそうか、と。白空に象られ、髪がそよいでいる政宗を見て小十郎は理解した。

あなた様は。

(この奥州に腰を据える全ての民を等しく―――。)

小十郎が政宗と同じ空を仰ぐ。
日も差し込まなければ、雪もやまない本格的な冬空だった。
そして中庭。白に覆われた其処は今もなお止まない雪を受けて佇んでいた。

細めた目を、すぐに瞑る。



「あの頃も冬の季節でございましたな」

「懐かしいか?」



前を向いたままの政宗の横に小十郎も並ぶ。ひと際強く、飛雪が当たった。



「あなた様がそうお感じになられるのならば―――きっとそうなのでしょう」

「…」



笑みを弛ませる政宗。眉一つ動かさない小十郎。
雪は外でさらに吹雪くが、二人の静寂は保たれている。その時だった。
≪ガラガラドッシャーン!≫という風情もない物音が向こうからしてきたのである。



「………。」



小十郎の蟀谷にびきびきと血管が浮き上がるのは自然な流れだった。



「―――アイツらぁッ…!!」

「行くか小十郎」



鬼面の小十郎を一瞥し、先を歩む。
笑い事ではございませんぞ!と言いながらも付いてくる小十郎に「そうカリカリすんな」と閉じ目で笑って返してみせた。

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