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「青琉はお前等から見てどんな奴だ?」



そんな会話が始まったのは再び歩き出して少し経つ昼下がりだった。
屋敷は遠い。今ある政宗の屋敷とはまるで無縁と思わせるほど、人里離れた場所にぽつんと残っていた。同じ城内ではあるものの、この雪で向かうとなれば二刻半かかるまるで辺境の地だ。
その合間ですでに飽きていた政宗は退屈しのぎに後ろの亀助達をちらっと見ると、雪まみれの亀助が両拳を作って意気揚々と見上げてきた。



「隊長はすごいっすよ!」



『う、うわああああああ!!』



―――あれはまだ初陣の頃でした。戦い方も知らなかったおれは無謀にも敵に突っ込んで案の定、失敗してしまったんです。



≪きいんっ!≫



『防げぬのならば前に出るな!!』



斬られる間際、敵を斬り伏せて助けてくれたのが隊長でした。




「―――ほんといい方です。身内も故郷もなく、戦えなかったおれをわざわざ助けるなんて」

「我らは浮浪者の集まり―――身寄りなき童や戦で生き延びた者がほとんどなのです」



政宗に並んで歩いている小十郎は口を閉じて黙って聞いていた。重蔵の言葉を受けて亀助は頷く。



「だから皆思ってます。隊長はどうして織田にいたんだって」

「…」



その疑問に政宗の目が尖った。



「復讐のため、お家のためって聞いてます。仔細は知りません。それでもいいんです。おれ達が付いていきたいと思ってついてきたんだから」



だんだんと険しくなる亀助の表情は下がっていきながらも揺らがない。切れた間を雪踏みだけが埋める中、急に力が抜けたように落ち込んだ。



「だけど…」



『隊は解散だ。お前達はもう織田に縛られる必要はない。故郷に帰るなり好きに生きろ』



「我らに隊長は止められなかった。主をお守りするのが務めであるというのに、あの方をお守りするどころか一人行かせてしまった」



顔を伏せた亀助に続き、重蔵も神妙な面持ちで視線を彷徨わせる。



「この前もお身内との戦いが避けられないと言っていました。相手は織田信長じゃなかったんでしょう。また…おれ達を巻き込まないようにって言ったんでしょう。―――【私の因縁に巻き込まれて死にたい奴は勝手にしろ】、なんて隊長らしいです」



そう言って亀助ははにかむ。

そうか、コイツらは知らない。
青香のことも。その青香が青琉を何かの理由で恨み、一族を滅ぼして明智光秀と共に貶めていたのだということを。
望月という姓は勿論、特異な自然治癒、そして。



『あオ…か』



あの時の青琉も。



「信長公は明智光秀に討たれた―――我らが気にかかるのはその明智光秀です」

「―――、」



急に現実味を増して、政宗と小十郎の表情は固まった。



「明智光秀と話すことが?」

「いいえ」



先に鋭く投げたのは抜かりなく小十郎だった。しかし重蔵は目を瞑って首を振る。



「あの男は隊長としか話しません。当然でしょうが、」



そこで再び会話は途切れる。政宗が少し後ろに傾けていた顔を戻し、口を開こうとした時だ。



「でも…一つだけ、」



今思えば、と眉を寄せた重蔵に政宗は目を見張る。



「あの男は常に我らの戦に与してきました」



『青琉、あなたは前に出すぎる。これでは折角あなたに授けた兵が軍として役を果たしません』

『黙れ。私のやり方に口を出すな』




「まだ日も浅かった隊長の師として付いているように信長公から命があったのだと、我らは思っておりまする。…なれど」

「独眼竜―――伊達軍とのあの谷での戦、あの時だけは付いてこなかったんです」

「―――、」



『…お前達は別路を行け。回り道になるが必ず城下へ入れ、侵攻を止めるな!』
『私は…、織田軍の…青琉』
『―――なめるな』
『…覚悟は出来ている。首を取れ』
『何故私を、生かした』
『この辺の地形なら頭に入れていた。しかし此処に落ちる等想定外だ。よもや貴様とこうして…生きているとはな』
『敵にっ、…助けられる、くらいならっ…私はッ!!』
『敵に助けられる等、あってはならないんだ…』
『…何故、』



【何故私を助けた?】





―――顔が下がった。政宗の目を髪が中に隠す。

そうか。



『―――あなた達がそんな関係だったなんて、ねぇ青琉?』
『―――ッ、』




そういうことかよ。



『お前には助けられたな、』
『一度言った事は覆さない。いえ、覆せない』



【…甘えられる場所を彼女は知りませんからね】




「…―――政宗様?」



小十郎の声が聞こえてきた。政宗が足を止めたからだ。
「おおっ」「ええっ!?」と重蔵も亀助も急な立ち止まりを余儀なくされる。



「…分かったんだよ」



と。顔をとても不機嫌そうに上げて政宗は言った。



「奴の目論見がな」



◇―◇―◇―◇



ぎぎ、と今にも壊れそうな音を立てて戸が開く。
雪明かりが中を一気に照らし、畳に政宗達の影を伸ばした。



「此処が…独眼竜の住んでいた屋敷…」



と呟きほどの声に変わって言葉が止まる亀助。
見えるところは至るところ塵だらけ。障子は穴が開いている。その穴は、最早穴ではなく【破けて枠だけが残っている】のがほとんどだ。
とてもだが―――。



「人が住むには少し風通しが良すぎるか?」



そう、人が住んでいたとは思えない。
それが亀助と重蔵の心境だ。

政宗は何食わぬ風に足を踏み出す。
ぐるりと見渡しながら出たその言葉はまともに二人の耳には届いていない。



「見ろよ小十郎。彼処」



政宗が顔を向けるその先を見た。襖はちゃんと嵌っていて、黄ばんでいるようには見えるが変わったところはない。と思ったが。



「あの上の角…ぶっ壊れてやがる。いつぞやお前と取っ組み合った時のかもな」

「…お戯れを」



ああ。あの時の何かか、と理解する。



「!?」



はっとして見上げた亀助と重蔵もそこを穴が開くくらい凝視していた。どうすれば自分の身の丈より高い其処が骨だけの状態になるのか。よく見たら長押も破壊されたような痕跡がある。



「一体此処で何が……………」

「詮索しねえほうが身のためだぜ」



青ざめていた二人にそう言って歩き出した小十郎。既に部屋を突っ切って先を進む政宗に続いていく。
「お、お待ちをー!」「お、置いていかないでください〜!」とその場で慌てふためき、重蔵と亀助はそろって駆け足で政宗達の背中を追った。

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