10

「にしても、」



唐突に声を発したのは政宗だった。

何刻経ったか分からない今、一度も話さないまま歩いていた二人は、辺りが暗かったという事もあり、お互いの場所もはっきりと認識しないまま同じ方向に向かっていた。正確には距離を取っていたのは後から付いてくる青琉の方だが。



「so dark…いつになったら抜けられる?」

「……」

「おい、アンタに聞いてる」

「私に話しかけるな」



政宗は肩を竦めた。全くどうしたものかと思う。
言葉を発した途端、殺気を放ってくるわけだから。




「つってもアンタしかいねぇんだから他に誰に聞けっつんだ」



…と何の疑念もなしに返していた。



「誰にも聞かなければいいだろう」

「それだと分かんねぇだろうが」

「貴様の都合など知らん」



ひとしきりの問答が終わる。そして浮かぶのは、



(…会話にならねぇ)



この言葉に尽きた。

てっきり付いてくるから何か分かってるんじゃねぇかと、それでいて自分から喋るつもりはねぇというちょっとした反抗だと思っていた。…しかしだ。結局のところ何考えてるか分かりゃしねぇ。



(困ったもんだぜ)



政宗は目を閉じた。しかし不思議と嫌ではない。
苦笑した後、青琉を一瞥した。
一先ずコイツの知っていることを色々確かめなければならない。



「…何だかんだで反論しても、付いて来るって事はこっちが出口なんだろ?後どれくらいだ?」



しかし思いの他、虫の居所が悪いらしい。

一瞥した反対側でカチャリと音がして、政宗は無表情になり足を止めた。そちらに目を遣ると耳元に刀がある。



「話し掛けるな、と言った筈だ…ッ、」



政宗は一瞬の黙視の後、再び苦笑するだけで。青琉はその一つひとつの様子に殺気を立てる。
ふと政宗が目を閉じ、したのは堂々と腕を組んだだけ。
それを後ろから見ていた青琉は直ぐ耳から首へと切っ先を傾けた。
それでも政宗は動かない。それが大将たる堂々とした態度なのか、命知らずの馬鹿なのか見当もつかない青琉をまた苛立たせる。



「トンだ頑固者だなアンタ」

「黙れ」

「そんなんじゃ折角のluckも取り逃がすぜ?
…いやもう遅えか。アンタは今、」



オレの首を取らなかった。



「!」

「そういうとこなんだよ」



―――刹那、勢いよく刃が空を斬る。
ついさっきまでそこにあった首は、本体ごと―――伊達政宗が避けて後ろに退くままに遠くなった。



ふざけるな。ふざけるな。



戯言だと分かっている。南蛮語混じりの小馬鹿にしたような言葉が、笑みが―――普段は聞き流して気にも止めないようなやり取りが一々気に障り制御が効かなくなる。



「…ッッ、」



何故だ。何故だ。

織田にいる時の、仮面を被った私ではいられなくする。
私に課せられた状況が、私から仮面を剥がそうとするのだ。

刀を強く握る。



「そんな事して何になる。アンタはさっき身をもって知った筈だぜ?オレに勝てないとな」

「…ッ、なめるな。貴様の首を取り、谷を出る」

「Ah?You understand?」



そんな時に返ってくるものが全て南蛮語なものだから、堪忍袋の緒が限界だった。

もういい。



(―――殺す)



そう思い、手に力を込めた時だった。



「―――…もう直ぐ、」



奴が発した言葉で、止まってしまうのだ。

政宗は空を見上げて続けた。



「月が隠れる。此処いらは真っ暗だ。そうなれば身動き出来なくなる。どういう意味か、分かるな?」

「!…」



眉を寄せたまま青琉は政宗の後ろ姿を眺める。言葉の意味は理解出来た。
今更だ。



「敵に見つかるなんて面倒なaccidentはやめてくれよ?」

「…っ、」



ああまただ。私は冷静さを欠いている。

暗闇は慣れていた。そこで最小の動きで音もないように奇襲することには、だ。
だがそれは狭い場所での話。木々繁る林や、屋敷の中などある程度制限された場所になる。

今から戦ったとて、外からの奇襲に圧倒的に不利になる状況も否めないのだ。
…そんなこと、考えれば、分かることだ。
いつもの私なら、分かることなのだ。


「……」



まるで私ではないよう。



(私は)



こんなところで時間を食っている場合ではないというのに…ッ。

―――苛立ちは向ける先をさ迷い、目の前のこの男に向いた。
そして自分の中に、もう片方の手を強く握り締めて抑え込む。



「……」



政宗は違和感を感じていた。自分に向いていた殺気が突然消えたように思えたのだ。故に見えない後ろの青琉を視認しようとするが案の定視界には捕らえられない。
声をかけようとしたその時だ。
―――風の動きが変わる。政宗は周囲に視線を走らせ、言おうとした言葉を変えた。



「―――分かったらsecretはナシだ。早く最短経路を教えろ」



最短経路…。



(谷を出るための近道……)



ぼんやりとしか入ってこない言葉の意味を思い出すように、言い換えてようやく冷静になってくる。
先程までの怒りは不思議と沸かず、行き場を失ったような言葉がぽつりと出た。



「―――知らぬ」

「Ah?」



すっと力を失った腕と同じ軌跡を描いて、政宗に向けていた刀はぶらんと青琉の腰横に戻る。政宗は細い目を丸くし、力の抜けた声を出した。



「知らない、んだ」



そう、私は知らない。最短経路も何も私はこの谷底の地形を知らない。



「この辺の地形なら頭に入れていた。しかし此処に落ちる等想定外だ。よもや貴様とこうして…生きているとはな」



鼻で笑い下を向いて皮肉を嘲る青琉を一瞥する。



「…」



そのしおらしい言葉も、態度も予想外で何かを言おうとした。
だが悠長にしている暇はないらしい。

政宗は青琉と同じように鼻で笑って返す。



「Ha!…オレもアンタもまだやれてねぇ事だらけだ、だろ?」

「…ふん」



すると予想通り、コイツはあのつれないreactionをしてきた。それが今はいいらしい。



「だったらここは a little restと行こうぜ?こんなところでくたばってらんねぇ、だ
―――ろッ!!」



突然振り向き刀を振り上げた政宗。青琉は即座に見開いた目を、直ぐ様強く瞑った。



「…」



それは一瞬なのか、永遠なのか分からない。



「!」



どしゃっと近くで鳴った音が、そんな私を現実に引き戻した。はっと目を開けたら目の前に刀を振り下ろした体勢のまま動かない奴がいて。私の左肩のすぐ上をその刃は通り、後ろに真っ直ぐ伸びている。



「な、にが…」




呆然と漏れた言葉を消すように、躊躇いがちに降ってきた雨。あっという間に強くなり、辺りは水浸しになる。



「気づいてなかったのか?―――囲まれてる」

「!!」



低い声で言われて、分かった。後ろに倒れているのは敵。奴が斬った。
―――私は助けられたのだと。



「…………」

「コイツは我慢のしどころを間違えたな。まあどっちにしろ相手を間違えた」



思考が正常に働かないうちに、いつの間にか私と背中合わせの位置まで奴が戻って来ていた。互いの背中を守るように立っている。



「アンタはオレが合図したら右にいけ、you see?」



悔しくて。
腹が立って。



私はずっと、この男に敵わない。



「―――青琉?」

「煩い黙れッ!!私に指図するなッッ!!」



名を呼ばれてとうとう私の心は爆発した。
しかし直ぐに我に返って思い知る。

取ってしまった。無表情という仮面を。



「……」



感情を抑えきれずに我侭な有り体をよりにもよってこの男の前に。

はっとして下を向くももう遅かった。



「………」



降りる沈黙。情けない。無様だ。
本当に、…無様だ。

詰めが甘い自分が憎くて、どうしようもない。
いつも、こうだ。



(…ッ)



今すぐ舌を噛み切ってしまいたい。
そうして、



(叶うのなら)



どれほどよかっただろう。
だがそんなことは許されない。だから。

無様を受け止め自分を嘲笑した。



「…」



政宗にはそんな青琉の様子は見えなかった。しかし静かになった反対側のその女が、怒りで隠す大きな傷を抱えている事だけは理解出来た。



「―――…Ahー。sorry、sorry」



軽く目を閉じ、返すその顔は笑っていつもの軽口だったが、



「だったらbackを取られる…なんて事ないように、テメェの身はテメェで守りな」



開いてすっと後ろに遣る目は、真剣に青琉の背中を見つめる。



「!!ほら来たぜ!!」

「!!―――」




―――しかし先に動き出した戦の気配に、政宗と青琉は刀を構えた。

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