「風向き良好!面舵いっぱーい!」



海上に響き渡る声、声、声。野太いものから少し高いものまで、甲板の上で飛び交うそれは全てが今では聞き慣れた男達のものである。荷を運ぶ者や掃除をする者、望遠鏡で遠くを窺う者でバタバタするこの、船とは似つかぬ大船―――富嶽にお邪魔してから既に十日とちょっとが経つ今日。沙羅は何時もと同じ手摺に腕を乗せ、そこから広がる海原を眺めていた。

思えばこの十数日、様々な事があった。




『―――目ぇ覚めたか』




気付いたらそこにはまたあの男がいた。助けてなんて言っていないのに勝手に助けてきて。高熱で危険な状態だったとはいえ、勝手に服を着替えさせられていた。




『…俺は長曾我部元親。四国の海を束ねる男よ』




賊は下衆の集まりだと、小さい頃から対放蕩者に護身術を幾度も発揮してきた沙羅には自分の肌を見るだけでは飽き足らず触ったこの男を完全に敵視していた。それなのにまさかこの男が、自分の義父が『助けを請え』と言う国主その人だったなんて。信じられない。こんな如何にも賊の頭な男に四国が守られているなんて。

事の成り行きで一時身を預ける事になったけど、信用出来ない。信用なんて、する筈がない―――。そう思っていた。




『あぁ?ンな沈んだ面してどうした』




何時私はその意思が崩れていったのだろう。言葉は乱暴だが、仲間同士仲がいいのかよく肩を組んだり、騒ぎ合っている光景を目にし―――何よりあの人がその輪の中で私を気にかけていた事に驚き以上の心強さなんてものを…感じていたのかもしれない。胸にぽっかりと空いてしまった穴が安心で満たされていく。
海賊の頭がこの国の主と知ってから数日で私はこの軍、長曾我部軍が根っからの極悪な海賊ではなく、義父の言葉は嘘ではなかったと思い始めていた。だからこそ。




『でも知ってっか?おめぇさん、あいつらに相当気に入られてるんだぜ?』




これ以上、居られない。
あの時は自分の存在が起こした罪に、また繰り返してしまう事に怯えて

…私は実行した。




『そこで何してる!!』




でもあの人は私の前に現れた。




『…ど、うして』




嬉しさより、




『…どうやって…』




苦しかった。




『勝手に助けてきて、私の心にズカズカと入り込んできて。…何なの!?世話好きも度が過ぎるとお節介でしかないのよ!!』




その優しさを受け入れたらどうなるか、分かってるから突き放した。もう無くしたくない。でもそうすればそうするほど、




『やめろおッ!!俺はあんたに惚れてんだ!!』

『ーー…え、』





あの人の言葉は私を繋ぎ止めて、



現世(ここ)に生かすの―――…

手摺に乗せていた両腕の内、右腕の掌を開いて。
私はこの手で何が出来るのだろう。この軍に…尽くせる何かを返したい。
この右手に有る印は、私の可能性を良い方に伸ばしてくれるだろうか。



―――バ

突然の羽音のすぐ後に肩に重みを感じた。驚いて見ると、そこには



「鸚、鵡…?」



黄色い体で頭に赤い布を巻いた鳥が肩に止まっている。着物が厚い為か爪が食い込む痛みはないが。



「お、ピーちゃんじゃねぇか!」

「ピー、ちゃん?」



寄ってきた子分が私の肩の鳥にそう呼びかける。「久しく見てなかったなぁ」「また富嶽の何処かに巣でも作ってたんじゃねぇか?」等言い合う彼らの会話についていけない。目を丸くした沙羅に答えたのは、



「こんなところに居やがったか」



どすどすと床板を踏み鳴らしてやってくるあの人である。振り向いた沙羅を見、その肩の鸚鵡を見、また沙羅を見ると勝手に目を剥かれた。



「…何?」



意味の分からない沙羅の顔は不機嫌に曇る。いきなり来ておいて、人の顔を見て驚かれても不愉快極まりない。

対する元親は驚きから一変し、何時ものあの笑みを口元に刻み肩を竦める。



「そいつが俺以外の肩に乗るなんて、珍しい事もあるんだな。…てな」



「は?」という言葉が似合いそうなきょとん顔で腕を組んだ沙羅が俺を見上げてくる。何を考えてたか知らねぇがこいつの事だ、まだ自分の事で悩んで沈んてたんだろ。



あんたは







(それだけ?)
(あぁ)
(…)
(ピーちゃんもこいつの肩奪うなんざ大したもんじゃねぇか)
(…待って。ほんとにピーちゃんなんて呼んでるの)
(おい、…何だその馬鹿にしたような苦笑は)
(だって馬鹿にしてるんだからしょうがないじゃない、…ねぇ?ピーちゃん)
(モトチカー、バカー)
(あら、喋るの?凄いわねあなた!)
(何か腹絶つぜ…ってお前今馬鹿にしてるって言ったよな、おい!おめぇもバカー言ってんじゃねぇ!)

end.

久方ぶりの元親と夢主。最初考えていた路線と変わってしまいましたがやはり本編内の出来事は重くなりがちですね…元親の鸚鵡様がいい明るさを出してくれて締めは少し柔らかくなったかな。
勘の良い方はお気づきかもしれません、これは第壱部終了後のお話です。
本編完結後はどうも幸せ一杯ばかりが浮かぶので久しぶりにこの重さ書けて楽しかったです。

20140912

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