海からの風がすり抜ける、朱と灰黄の景色。高く伸びる柱と足元を敷き詰める板は、取り囲む青い海にまるで浮かんでいるような美しさを見せる。

先だっての厳島海戦で半壊した厳島だが、今日の式を執り行えるくらいの改修は施された。本来ならば城内にて、高位な者だけを集め執り行われるものだからこのように大掛かりになる予定はなかったのだが。ましてや一兵卒…所謂一番下等な駒が出席出来ないこの軍で、その光景は異質だった。



「…」



毛利軍全員も出席する事になったのである。



(こ、怖い…)

(元就様の視線が、)



“怖い”

綺麗に並び身動ぎ一つしない兵達は、戦と同じように各隊列で固まっている。…そして体もがちがちに固まっている。
そんな兵達の先には何段かの階段があり、上ったその奥から―――さほど大きくもない広間を挟んでさらに高い位置にある殿から元就が見下ろしていたというわけである。元就は金屏風を背に、敷かれた緋毛氈(ひもうせん)とその上の座布団に鎮座したまま、隣に空いたそう一人分の座布団を一瞥して。斜め下の広間に座る家臣を見た。



「彼奴はまだか」

「そろそろ着く頃だと…」



本当ならば揃ってもう始まっている筈の式。始められない理由はこの場にいる殆どが、やりかねないと予想していた事ではあるが。



「お着きになられました!」



だがしかし見事なくらい期待してはいけない期待通りである。こんな大事の時ですら…と浮かんだ言葉は皆心の中にしまっておいた。

急いで来た兵が知らせたのと同時に何やら下がざわざわし始める。



―――



「…―――ごめん!皆待たせてっ、来てくれてありがとう!」



下駄を鳴らし向かうは目の前の階段。その先。両脇に座っている兵達を後にし走り抜けながら、「…って、皆鎧!?重くない!?」とかけると、顔に冷や汗を掻きながら目を剥いている兵達にこっそりと、しかし連打する勢いで階段を差される。『早く行って下さい』と。その角度は元就に見えない絶妙なものである。



「あ、はは…」



流石に察した。そんな兵達を見渡しながらこくこくと早く頷き階段を駆け上がる。

―――この時本人は気付いていなかった。
兵達が、「御美しくなられて…!」と涙を抑えていた事に。


―――



「宍戸」



はっとした隆家が元就と目が合うと「見て参れ」と指示を受ける。



(俺、ですか…?)



内心嫌な予感がしてならないが、主の命となると断る事も出来ず。まぁ、階段に一番近いところに席がある己は適任だ。



「…」



立つより四つん這いの方が早い。そう思って空けられている真ん中の通路の階段に近づき恐る恐る下を見たのが運の尽きだった。



「あ、危ないいいいいいい!!!」

「…はい?

―――ぶべっ!」



何か考える暇はなかった。迫った足は隆家の頭を踏みつけて跳ね上がる。しかし着地は綺麗に終わった。
走りづらかったのか足元の掛下やその上に重なる打掛を捲り持っていたが、ぱっと手を離し元に戻って。



「由、由叉様!此方にお早―――」



く、と慌てて言いかけた家臣の声は止まってしまう。
綿帽子に隠れていた顔が上がって誰もが、



「…―――!」



元就もが目を大きくした。



ァ―――…

優しく横撫でする風。日輪に純白の衣装が輝き、艷やかな紅の入る茶髪が靡く。普段は隠れた額が横に流された前髪で色白を見せて、挿された簪からしゃらんと垂れる飾りが目元できらきらと反射していた。白い肌。紅が淡く置かれた目元とは違い、唇はしっかりと紅が入っていて。

由叉は嬉しそうに目を細め、口角を上げて笑った。

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