「…」



閉じていた目。静かに開けると自分の姿が見えた。灰色の袴に薄緑の着物。鏡に映ってじっと見つめる。



「良く似合っております。元就様」



頭を垂れて畏まる女中を一瞥するとまた鏡を見た。



「…何か、御不満な点でも御座いますでしょうか…?」



恐る恐る見上げてくる女中を振り返らず目だけを向けると、びくっと震えられる。



「こらー元就!そうやって睨みつけちゃ駄目!!」



その時だった、突然開いた襖に見えた顔。女中から外へと切り替わった元就の目を、きゅっと顔を顰めた大きな目がとらえる。目元に紅を施した、目が。
その場にいる全員が硬直した。



「由、由叉さ…そちらは元就様の御部―――!」

「わ、わわ…ま、
まだ厠行ってないから!待って、待ってええええええ!!」



縁側からさらに聞こえてくる家臣の声。はっとして由叉は襖を開けたまま、どたどたと横に消える。追いかけるように来た家臣や女中が現れ、「し、失礼致しました!」と残し由叉が消えた方向へと消える。
大きかった足音はなくなり再び静けさを取り戻した。



「…戯けが、」



漏れた言葉は、誰もいなくなった襖の外に向けられた気がした。同時にはっとして深々と畳に頭を垂れた女中。まるで急な嵐が急に去ったが如しで、再び訪れた二人の空間に意識は舞い戻る。忘れてはいけない、今はあの元就様の御前だと。頭の中が混乱するも



「…よい、下がれ」



返ってきたのは冷たくも毒気もない声色。はたから見ればそれでも無関心で冷たいと感じるかもしれないが、今までの元就を知っていれば、ないくらい穏やかでこちらが一瞬困ってしまう。



「は、はい」



そそくさと座敷を後にし、「失礼致しました」と頭を垂れつつ襖を閉めにかかる。閉じる直前、見えなくなっていく中をちらっと見て目を瞬いた。



―――いつもと変わらない無表情。閉じた目。でもその横顔は少しだけ



フッ



綻んでいる気がして。

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