「お、それはこちらに!」



―――ばたばたと人が擦れ違う城内。隆家は縁側と座敷を行ったり来たりしながら、物を運ぶ部下達の指揮を取っていた。何とも忙しい一日の始まりである。



というのも今日は―――「あ、隆家!」



その明るい声に振り返った。



フワッ…

―――茶色を染める夕焼けのような紅が艷めく。平生は顔の両脇にかかっていた髪は、片方耳に掛かり前髪も横に纏まって簪を挿されていて。おお、似合っておら…



「…」



れる、と思いかけたのも束の間。顔から下を見たら薄黄色の襟巻に薄緑の衣にサラシ…いつもの戦装束で。
大きな目を瞬かせ、「?」を顔に浮かべる由叉に思わず倒れそうになる。



「由叉殿…何故御髪だけ整え、斯様なところでうろうろしておられるのですか…」

「疲れた!」



とびっきりの笑顔で返った返事にくらくらしてきた。今日という日にも何故この人は自由気侭なのか。



「疲れた!…ではございません!折角整った御髪が乱れてしまう前に残りの御準備もお済ませ下さい!!」



「ほら、彼方です!」と、由叉を探しに来たとみられる者達をびしっと指して言い放つ。口を尖らせ不平そうに目を細められても許容は出来ない。ぶーぶー言われたが「今日は折れませんよ」と見つめ返せば、仕方ないとあちらが折れた。助かった。



「隆家の馬鹿ー!元就に言いつけてやる!」

「いや、由叉殿それは誠困ります止めて下さい」




びくっと引き吊った隆家の表情に、へへっと面白そうに笑った由叉は迎えに来た者達の方へ走っていく。あぁまた御髪を整えるのだろうな…御苦労な事だ…、と仲間を見て同情している等思ってもいないだろう。



「宍戸様、これは」

「おぉ、それは彼方に運んでくれ」



とはいえ自分もゆっくりしてはいられない。慣れない行事に困っている部下達を誘導して一刻も早く準備を済まさねば。

―――ばたばたと人が擦れ違う城内。忙しなさは稀に見ぬ賑やかさを運んでくる。

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