父が亡くなって5年、松寿丸は兄の許可を貰い元服し、名を元就と名乗った。
兄が当主となり治めていた安芸は平和だった。
勢力は幾分落ちたが、民が苦しむ程ではない。



「兄上」

「元就ではないか!どうした?」



部屋に入ると、ぱあっと顔を輝かせる興元。
が、筆に力を入れすぎて書いていた書状が台無しになる。




「あ」

「…」




―――




「して、元就。
何の件であったか」



慎重に書状に筆を走らす兄を見つめ、
元就は書類の束をその机に乗せる。



「高橋、平賀、天野より国人間同盟の起請文案が届いておりまする」

「ようやっと来たか!」



くいっと口角を上げ、どれ、と目を通す。



「雲行きは良い」



後は俺が直接



「阿曽沼、野間に呼びかけるだけだ」



あ奴らはまだ渋っていたからな



「…兄上」



「ん?」と、ぽかんと見上げてきた兄に




「兄上は立派でございまする」




こう言っていた




「突然何を言い出す、元就」




苦笑して




「そなたの方が立派であろう?」




沢山の書状を振り分け、指示し
目を通す




「俺はそなたがくれた案を広めているだけさ」




国主という地位を使ってな





「安芸が平和なのもそなたがあってこそなのだぞ」

「それは買い被りすぎにございますれば、兄上」




興元が当主になって早5年。
六条が居なくなり、弘元も亡くなったのは大きかった。
力を潜めていた大内氏、尼子氏の台頭。
力が衰えた毛利家は他の有力国人領主と、周囲の大勢力に対抗する為同盟を結ぶ事を提案していた。
国一揆である。
興元は大内氏、尼子氏に脅かされる国に赴き、この同盟を持ちかけている最中なのだ。




「買い被ってなどない。
この案は他の者も絶賛している。
そなたのだと聞き目をひん剥いておったぞ」




ニコニコと笑顔を絶やさず言う。
若干抜けたところがある兄だが、やる時はしっかりやり遂げる。
この人柄が人に好かれ、他国で通ずる所以だろう。
家臣からの信望も厚く、既に次代となる子も出来ていた。





「六条がいた頃までに戻すのは難しいかもしれぬが、
俺が出来る事は全てやろうと思っている。
父上が大好きな安芸だからな」

「…」

「…」



苦笑しため息を吐きながら元就を見て。





「元就」





くしゃっ





「そのような気難しい顔、するな」




頭を撫でると気恥しいのか、驚いて手を離される。





「兄上っ、子供扱いはお止めくだされ!」

「はは、照れとる照れとる」

「我は照れてなどおらぬ!」

「そう怒るな怒るな」




にこにこし、元就を見る。




「そなた、笑わなくなったからな」

「!―――」



興元の目が細まり、明るい青年の雰囲気から真剣になる。
―――当主の顔になる。




「母上が亡くなり、父上が亡くなり
そなたの表情も無くなっていった」




これは言い過ぎか
―――と、苦笑し見てくる。



「元々苦手だったのだろう?そなた人の輪にまるで入ろうとせん」

「…申し訳ありませぬ」

「んん?謝れなど言っておらぬだろう」




そう言いまた元就の頭を撫でた。
すこし不服そうに兄を見る。




「なれば我はどうしろと」

「うーん、そうだな」




ぱっと閃いたように、にこっと笑う。




「もっと素直たれ」

「す、すなお…」

「そうだ」




ふっと笑って。




「そなたは素直さが足りぬ。
好きならば好き、嫌いならば嫌いとはっきり示すのも大切であるぞ」

「…」

「言わねば分からぬ事もある」

「そのような事、分かっておる」

「誠か?」

「誠よ」

「嘘だな」

「なっ…」




目を剥いた元就をじーっと見て。




「そなた六条の姫に恋焦がれておったのだろう?」

「…!!」

「お、赤くなって「なっておらぬっ!」



にこにこからにやにやに変わった兄を見て。




「兄上は急ぎ執務を終わらせてくだされ!」

「元就!」




部屋を出かかった足が止まる。





「父上から聞いた」





『そなたが初めて好いた子を
斯様な目に合わせてすまぬ』





「『―――この先苦しい事があるやもしれぬが
興元と共に毛利家を頼んだ』」




元就




―――ぎりっ




「そなたはあの赤ん坊を好いていたのだな」

「…昔の話にございますれば」

「そうか」




すっと再び歩き出す元就。
部屋を出る直前。




「泣きたければ泣け」





人目につかぬところで良い




「…兄上こそ」





部屋を出た





「強情な奴」




苦笑して、興元は中途半端な書状に筆を走らせ始めた。




―――




それから暫くし国一揆は締結、備後国でも国人対立の調停を果たすなど興元はリーダー格の活躍を見せた。
だが、近隣の国との戦いを避けられず戦ったが勝負はつかなかった。
その心労が重なり、興元は酒を嗜むようになる。
父と同じ、酒を―――。




「兄上」

「あぁ、分かっておる」

「ならば何故酒を止めない?」




元就の納得出来ないという声色に苦笑し
盃を置く。





「今日で止めるつもりだ」

「…」

「そう、怖い顔をするな」




そなたが言いたい事
重々承知している




「父上の二の舞になる訳にはゆかぬからな」

「分かっているのならば…」



ぐいっと、目の前に盃を差し出され途切れた。



「止めるのは、お前と酌み交わしてからでも
良いだろう?」

「何を言って…」

「当主になれば酒の一杯二杯は飲まねばならぬからな」



杯を持たされ座らされて。
継がれる。




「…兄上、死ぬ覚悟か」




酒を飲み干し興元が苦笑した。




「国を預かる身たるもの、覚悟は常にある。
だがそれは国を守る覚悟!
酒で死ぬ覚悟ではない。

―――故に酒は今日で止める!
またお前に泣かれては困るからな」

「なっ我は泣かぬわ!」




ああだこうだと言い合って、この日我は初めて酒を口にした。
初めての酒は




美味しかった


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