「松寿丸様!何処に居られるか、」




松寿丸様ー!!…
通り過ぎていく男を柱の影から覗き見る。
上がる息が聞こえないよう、必死に努めて。
姿が見えなくなり安心したのか、座り込んでしまった。




「はぁ…はぁ…」




緊張の糸が解れれば、何故斯様にも無様なのか。
訳もなく浮かんだ疑問を頭の中で反芻しつつ、人には見せられぬなと、深呼吸し呼吸を落ち着かせる。

そもそもこんな状況を作ってしまったのは自分の所為なのだけれども。

日に日に重くなっていく稽古。
勉学は好きだ。芸道、武道はとても興味深いし書物を通して知らぬ知識に触れるのも大いに楽しい。
これが家の為、国の為になるなら喜んで続けていこう。
その気持ちは大筋変わってはいない。
だが。

そうはいっても、心と体はまだれっきとした子供で。
10に満たない男の子で。
逃げたくなる時もある。




ざっ




(父上に…何と申せば…)





後悔した、こうするつもりはなかったのに。
体が、動いていたのだ。
見付かるのがやましくて、隠れたままでいるしかなかったのだ。



でも斯様な事、




(言いわけにすぎぬ…)




とぼとぼと宛もなく歩いていた。
目がちかちかする。
足もどこか、ふらつく。

このままでは何れ見付かるだろう。
誰に見付かるのか。
仕える者達にか。

見付かりたくないのか。
見付かっても良いのか。

…どっちでももう良くて。

頭が働かなくて。





(どうすれば、よい…)






無心に足を運んで、突如。
額に何かぶつかり驚いて。
足を止め見ると、襖の角にぶつけたのだと分かった。




「…」




深い意味はない。
目の前に麩があった。
開いていたから、目を向けただけ。
そこには、





「!…」





由叉がいた。




すー、すー…

小さく寝息をたてる、小さな命。
聞こえて。
気付けば向かっていた。




「……」




見下ろす。
寝顔を見つめて。
―――思った。
なんて、なんて小さいのだろうと。



…7、8も離れているのだ。
自分の行動一つで直ぐ消えうる、赤ん坊。
何かあれば直ぐ摘まれてしまう、存在。
弱く、儚い存在。
分かっていた。
その象徴であるような、由叉。
彼女は同じ年端の赤ん坊の中でも、一回りもふた回りも小さいから益々感じてしまうのだと。

でも―――

松寿丸が傍に座る。
儚くて、小さいのに違うのだ。
幸せそうに笑って。
しっかりと呼吸していて、肩を揺らしていて。

―――生きている




「―――ぅうう…っ、」





突如泣きそうになる由叉。
思おえず、驚いて。
恐る恐る見つめる。

怖い夢でも見ているのだろうか。
不安そうに手を動かす彼女に、




ッ…

人差し指を近付けた。
触れればぎゅっと握られて。
目を丸くする松寿丸。

弱くて小さな握る力。
でもとても温かくて。
陽射しのように、温かくて。




「……」





困ったように、笑う。
何故だろうか、眠たい。
ごろん、と横になり寄り添って。
小さな手を握り返した。


小さな恋
(そなたの体温が)
(心地好い)

end.

何気ない日々に芽生えていく小さな恋

20130111

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