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周防までの距離は結構だった。
戦が終わり直ぐ向かったという事もあってか、半日馬を走らせるのは兵達にとって身の裂けるような疲労。ずっと本陣で軍配を取っていた元就はさほど疲れた様子はなかったが。
そして辿り着いた周防、大内氏本陣。
戦で見慣れた光景が広がっていた。辺りかしこ動かぬ死体。地面や塀を走る赤。
―――ただ閑散と。
だがその中にあの女、由叉の姿はない。
「…やはり」
逃げたか
―――隙を見て逃げ出す者が今までにもいた。
大抵は伏兵によって見つけられ呆気なく本陣に、元就の前に連れ戻され待つのは“死”と言う罰だった。
が、あの力だ。
逃げ果(おお)せるのは不思議じゃない。
「……」
命に背き動いた時点でそうだと踏んでいたが。
兵としては惜しい女だった。
(―――まあよい、)
あの女一人逃したところで、我が策に何ら支障は無し。
「―――元就様、…この事は如何様に?」
恐る恐る聞いてきた家臣、宍戸隆家が言いたい事は勿論その事だろう。
逃げた女の処理。
―――見れば辺りに転がる死体は装備からして敵の将。
至る所に見える、体に刻まれた傷跡、致命傷。
「……」
あの女の太刀だと直ぐ分かった。
「これは…」
ふと隆家が呟く。
目を遣ると、一定量の血が跡を残していた。
「森に続いて居るようですが、」
隆家の言う通り、血痕が屋敷の隣の森へと続いていた。
夜の闇と森の影にその赤が溶けていて。
まるで誘うように。
「これは何かの罠でしょうか。
如何「貴様、その喧しい口を閉じろ」
鋭い瞳が隆家を射抜く。
隆家が慌てて閉口して。
―――その血の跡を見下ろし、元就はゆっくりと辿り始めた。
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