5
先程までの騒ぎが嘘のように静まり返った中。
沙羅は一人ぼうっと座敷を見渡す。
「沙羅ちゃん」
その時後ろから掛けられた明るい声。
「慶次」
「よいしょっと、」
隣に座った青年を一瞥する。
「ごめんなさいね、私じゃ元親を運べなくて」
「ん?いやいや、それは全然いいよ。女の子にそんな事させられないしね」
「ありがとう」
ふっと目を細め笑う沙羅。
「にしても、まさかあんな風に寝ちまうなんて…沙羅ちゃんの体はよっぽど心地良かったんだろうな」
「も、もういいのよ」
「ははっ、ごめんね」
こうも言われると流石に辛い。どうしてもこういうのは得意じゃないから。
嬉しい事なのに、どうも恥ずかしくてならない。
「でもね、―――元親は本当にあんたの事が好きなんだなぁ」
「…」
顔を上げて、慶次を見つめた。
「織田がまだ生きてた頃、初めてここに来た時も俺の案を快く受けてくれてさ。本当に気っ風の良い男だよ」
「えぇ、」
「でも今の元親はその時とまた違って見える。
何というか…前以上に情に厚いっていうか…
――上手く言えねぇや」
「そう、なの?」
織田の時の事はあまり分からない。
私の村では皆普段通り、平和で変わらない生活を送っていた。
でもそれも彼が治めていたお陰なのかもしれない。
「とにかく!」
突然声を張って。
「元親はあんたのお陰で今すっげぇ幸せなんだと思う」
「そ、んな事――…」
「あんたの顔にも書いてあるぜ。
“幸せ”だって、」
「…」
「気付いてるんだろ?」
あんたは鈍感には見えないし、と言ってにっと笑う。
『惚れた女を黙って死なせる馬鹿が何処にいる!?
ここまで言わねぇと分かんねぇか!?』
彼の気持ち。あの時、あの言葉。
今でも忘れられない―――…。
沙羅を一瞥し、再び前を向く。
「―――好き人は大切にしなきゃいけねぇよ」
「ぇ…」
立ち上がった慶次を見上げた。
「沙羅ちゃんには後悔して欲しくないからさ、俺」
刹那得物を担ぎ、縁側へ出ていく慶次。
「慶次?…何処に…」
「飯ありがとう、すっげー旨かった。
これからちょっと野暮用でね。元親によろしく伝えといてくれ、悪いね」
「ちょっと待っ―――」
行ってしまった…。
―――手を振って消えていった彼。
変わらない笑顔だった。でも
『沙羅ちゃんには後悔して欲しくないからさ、俺』
そう言った時僅かに、ほんの少しだけ彼の表情が違った気がした。
何かを思い出して、涙など出ていないが泣いているように見えたのだ。
「慶次…――」
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