先程までの騒ぎが嘘のように静まり返った中。
沙羅は一人ぼうっと座敷を見渡す。



「沙羅ちゃん」



その時後ろから掛けられた明るい声。



「慶次」

「よいしょっと、」



隣に座った青年を一瞥する。



「ごめんなさいね、私じゃ元親を運べなくて」

「ん?いやいや、それは全然いいよ。女の子にそんな事させられないしね」

「ありがとう」



ふっと目を細め笑う沙羅。



「にしても、まさかあんな風に寝ちまうなんて…沙羅ちゃんの体はよっぽど心地良かったんだろうな」

「も、もういいのよ」

「ははっ、ごめんね」



こうも言われると流石に辛い。どうしてもこういうのは得意じゃないから。
嬉しい事なのに、どうも恥ずかしくてならない。



「でもね、―――元親は本当にあんたの事が好きなんだなぁ」

「…」




顔を上げて、慶次を見つめた。



「織田がまだ生きてた頃、初めてここに来た時も俺の案を快く受けてくれてさ。本当に気っ風の良い男だよ」

「えぇ、」

「でも今の元親はその時とまた違って見える。
何というか…前以上に情に厚いっていうか…
――上手く言えねぇや」

「そう、なの?」



織田の時の事はあまり分からない。
私の村では皆普段通り、平和で変わらない生活を送っていた。
でもそれも彼が治めていたお陰なのかもしれない。



「とにかく!」



突然声を張って。





「元親はあんたのお陰で今すっげぇ幸せなんだと思う」

「そ、んな事――…」

「あんたの顔にも書いてあるぜ。
“幸せ”だって、」

「…」

「気付いてるんだろ?」



あんたは鈍感には見えないし、と言ってにっと笑う。







『惚れた女を黙って死なせる馬鹿が何処にいる!?
ここまで言わねぇと分かんねぇか!?』









彼の気持ち。あの時、あの言葉。
今でも忘れられない―――…。

沙羅を一瞥し、再び前を向く。




「―――好き人は大切にしなきゃいけねぇよ」

「ぇ…」



立ち上がった慶次を見上げた。




「沙羅ちゃんには後悔して欲しくないからさ、俺」



刹那得物を担ぎ、縁側へ出ていく慶次。



「慶次?…何処に…」

「飯ありがとう、すっげー旨かった。
これからちょっと野暮用でね。元親によろしく伝えといてくれ、悪いね」

「ちょっと待っ―――」




行ってしまった…。

―――手を振って消えていった彼。
変わらない笑顔だった。でも



『沙羅ちゃんには後悔して欲しくないからさ、俺』




そう言った時僅かに、ほんの少しだけ彼の表情が違った気がした。
何かを思い出して、涙など出ていないが泣いているように見えたのだ。





「慶次…――」

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