「全く」



少し濁った液が傷口を流れてゆく。薄暗くなった空の下、まだ顔を覗かせている夕日を取り込んでその液体は黄金に煌めいていた。
斜めに走る傷にしかと流れるよう、背中側から傷に沿って斜め下に添えた手のひらを流れていく。傷を伝う行先は対になって下に添えられていた手にある白布である。



「何でこんなになるまで黙ってたんだい」



その傷をじっと見下ろしたまま、薊は液を流し続ける。漸く新しい小袖に着替えた小十郎は、大人しく縁側に腰を掛け、横でしゃがんで治療をする薊の自由にさせていた。傷のある右側―――脇腹の上部が見えるよう今薊のいる側は腰に結んだ細紐まで着流しを降ろしている。



「化膿してるじゃないか」



鍛えた強い体でも、そこはじわじわと侵食していた。小さな掠り傷とは言えない。明らかに剣戟のうちに脇を斬られたものだと薊には分かる。



「大したものじゃねえ」

「…」



本当は相当の痛みの傷だ。先刻似た傷の兵士に同じ治療をしたが、呻いて身じろぎして大変だった。…それが当たり前だ。
しかし小十郎は表情も体も微動だにしない。眉一つ動かさない。それが伊達の腹心、竜の右目―――と、言われれば納得しようと思えなくもない、



「……、」



が。

薊は小十郎を見上げ、顔を向ける。しかし横顔どころか、頬から後ろが見えるだけで。振り返らないから、何を思っているのか。
知る由もない。

薊は軽く瞼を下げて再び傷に顔を戻す。添えていた両手を離すと、目線を落とした。



「塗るよ」



返答は待たない。手際よく石鉢にでかしておいた薬を指に取って、患部に塗っていく。
直接触った瞬間、小差で小十郎の眉がぴくりとくもった。



「―――…金瘡小草(きらんそう)。こいつは茎葉を揉み潰して患部に塗ると、膿を出してくれてねえ。あたしら金瘡医の中でもいいって評判の薬草さ」



小十郎は呻きの一つもなく黙秘を貫いている。いつもの事だ。
薊が治療をしながら薬草を語り、小十郎が静かに目を瞑っている。小十郎は聞いているのか、薊は反応がないのに満足なのか。幾度と見かけた城の者達は思ったが、もう平凡なものとなった。

「あと」と言いながら薊が包帯を巻く。



「さっき洗い流したのは、蘇鉄実(そてつじつ)って言って、煎液で傷を洗うと治りが早いんだ。それがまた栗みたいな実でねえ、生薬になる」



薊の雰囲気は自然と柔くなっていた。
喜色を見せながら、鷹揚に話し続ける。



「どちらも九州辺りでとれたものさ。暖かくて、戦を忘れそうになる」



“戦を忘れそうになる”

最後の言葉だけ弱く聞こえたのは、長くいる小十郎だけが分かる薊の心。

頭の中で言葉が反芻して、小十郎は重たい瞼を上げた。



「終わったよ」



きゅっと包帯が締まり、立ち上がった薊。醸された先だっての空気の軌跡は残っていない。つられて目を遣って、「悪いな」と腰を上げた。
上半身の半分を外気に晒していた状態だ。すっかり肌寒くなってきて、すぐに小袖を着直した。



「―――…いつか」



急にぽつりと横から聞こえた。見れば薊が俯いていて。



「いつか、あたしのような医者が必要なくなる世が来てほしいって」



願ってやまないよ、と。顔を上げて言われる。強い目。苦衷を隠す眼差しの中に、



「…」



俺への訴えが見えた。



「…俺達はそうするために戦ってる」



小十郎は真っ直ぐ薊を見つめて言う。ざっと草履を進めて、



「お前は何も心配する事はねえ」

「小十郎」



薊から離れていく足だったが、声に止まった。



「―――…余程の事じゃないと使わないとは思うんだけどさ」



その背中に薊は零れそうな苦笑いを向けて言う。少し前と同じ、



「面白い薬草があってねえ」



言いたい別を比喩した、心を隠そうとする声色で。



「葛湯(くずゆ)にして飲むと滋養強壮にいい。全く強そうな名前だよ」



瞑目し、自分の言葉を胸にすとんと落としていくように。薊は口元を緩める。



「―――…名前が片栗(かたくり)だってさ」



ふっとやるせない笑みで小十郎に微笑む。精一杯に哀切を殺して、緩める目は眉を寄せて震えていた。黄昏を爛々と輝かせて。
その顔は背を向けている小十郎には分からない、が。ふっと微かに笑って。



「そうだな」



と返していた。薊を半身振り返る。



「その時はお前が俺に煎じてやってくれ」



目を丸くして、突っ立っていた。それは、



思わぬ声を聞けた。だからかもしれない。



「…ああ」



微笑んで見つめた。お互い立ったまま、空が二人を見守って。穏やかな野風で髪を、衣の裾を揺らした。



泰平の世で
(金瘡医(あたし)が必要じゃなくなっても)
(あんたの傍で)
(約束だよ)

終.

こじゅには姉さん夢主が似合うなあ(自己比)
20160517

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