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『来ないで、海賊なんて――反吐が出る』
富嶽の上、あいつにとっちゃあ味方のいねえ状況でよくあんな言葉が言えたもんだと、俺は正直感心した。絶対に屈しないという目。敵という他を拒む気の強さ。
あの時は度胸の良さに一つ、試してみてえと強引に名を聞いてみたもんだ。
『…――沙羅』
綺麗な名だった。それでいて芯があり、こいつにぴったりだと思った。
―――気丈なこいつによく似合う。
だが何日か同じ海原の上で過ごし、あんたの印象は次第に変わっていった。
『これから陸に着くまで私も出来る事なら手伝う。恩をもらってばかりだと気持ち悪いの』
急に腰を低くし、俺に話しかけてくるもんだから少し驚いたが、
『これくらいは…するわ』
あいつなりの義理の重みってのがあるみてえで、その心意気も悪くねえと思った。それで一杯食わされるとは思ってなかったがな。だがおかげで
『私は…、人ならざる力を受け継いでしまった』
『―――今度、私の話聞いて…ほしい』
あんたを少し知れた気がした。だから、
『――…言えないの…
ごめんなさい…』
大丈夫だと思い込んでた。あいつが前から何かを隠して、何かに怯えていたと気付くのが
『…彼女は豊臣が貰っていく』
遅かった。
『面倒かけるわ』
『貴方に…これ』
『―――…あの時はありがとう、助けてくれて。すごく、嬉しかった…』
心を開いてきてると思ってた。だが今回を境に知った、あいつの心はまだ外との壁を―――俺との壁を作っている。
あいつの優しさが
『―――あなた達を、』
巻き込みたくない
俺達を遠ざけている。
『…甘いわね。私は貴方達を一度貶めた』
『…間者かもしれないわ』
そういう女だ、あいつは
―――自分に疑いをかけ、敢えて相手から手放しさせようとする。
『――…何でもないわ、呼んでみただけ』
『大丈夫よ』
『――ただ早く強くなりたいだけ』
一人で片付けようって時に静かな強がりをする。
喜んでんのか、怒ってんのか、哀しんでるのか、楽しんでるのか―――感情を大体予想する事はできても、その理由を全て思い当たるほど俺はあいつをよく知れてたのか?
瑠璃色の揺らぎを見てたか?
その奥の影に気付いてたか?―――…
「はっ…はっ……――」
出ねえ答えを考えても何にもならねえ。
あいつがどんな半生を過ごし、どんな思いで今に至るのか―――本人の口からちゃんとした話を俺はまだ
(知らねえ)
「沙羅ッ!!!」
―――だから
顔を上げたお前のその驚いた顔。戸惑った瑠璃色の目。それでも俺は、
あんたを見捨てなんか出来ねえんだよ
―――沙羅
(近いようで遠い)
(お前の目の奥に隠れた本当を)
(…教えろよ)
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