賢なる男

岩影から現れた人影。その刹那沙羅は涙を振り払う。



「貴方?こんなものを寄越したのは」



懐から出した書状を男に突き付ける。微笑を浮かべ沙羅を見る紫の瞳。銀髪。纏う衣服は白と紫を基調としているが、しっかりとしたもので。その雰囲気は只の兵じゃないと十分物語っていた。じっと男の様子を窺う。



「――…身構えずともいい、僕は何もしない。…沙羅君、君がその封通りにしてくれるなら、ね」

「何故貴方、私を知っているの。名を名乗りなさい」



知らぬ相手に名を呼ばれる、そんな気味の悪い状況で言う事を聞けと言われても頷ける訳がない。



「そうだったね、忘れていたよ」



用意していたような台詞にますます不信感が湧いてくる。反面一歩、また一歩と近づいてくるのにゴクリ、と自分が息を飲む音が聞こえた。



(駄目、落ち着いて…―――)



反射的にそう思った。距離を保ちつつ、沙羅は後退する。男は目を細め妖艶に微笑んで。



「――…僕は豊臣軍参謀、竹中半兵衛」

「竹中……半兵衛…」



沙羅は目を丸くする。今東国で大きく勢力を拡大し、此処西国までも噂は届いている。元親から聞いた。小田原の北条氏政、本願寺総本山の本願寺顕如、駿河の今川義元を討ち取り領土を広めつつあるのは記憶に新しい。何処に潜んでいたのか、その兵力は十二万を越える。彼らを指揮し、正確な策略を以て戦場で自軍を勝利へと導く男。それが竹中半兵衛。



『奴らの狙いは恐らく天下だ。だが今はやり合う時じゃねェ、下手に手を出して潰されるのがおちだからな』



元親は苦虫を噛み潰したような顔でそう言っていた。負け戦はしない。天下よりも一番に守るべきは部下と四国、民を取る元親だからこその選択だった。

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