月風の誘い
「何だ?」
「私と闘って」
元親が固まる。しかしすぐしかめっ面になって。
「お前何言って――…」
「――だから…」
次は沙羅の顔が固まる。元親の掌が自分の額に置かれたから。
「…熱はねぇな」
「ないわ当たり前でしょう」
元親の手をはがし、「はぁ」とため息をつく。
「稽古つけてっていってるのよ」
したを向いて返した彼女の顔が心なしか色付いて見える。照れ隠しなのかあくまで言わない彼女に元親が笑う。が、
「…って、稽古だぁ?俺は女を戦わせる趣味はねぇんだ」
「私を女だと思わなくていい。只、守られるだけなんて…嫌なの。足手まといになる気はないから」
少し俯いたと思ったら、直ぐ顔を上げて沙羅は言う。
「だから…お願い…」
頭を下げられて、迷う。あれだけ意地っ張りな女が頭を下げてまで頼み込むとはそれだけ決意が固いのだろう。
「………」
だが首を縦には振れなかった。女を前線で戦わせるのは、とてもじゃないが気掛かりでならないのだ。
ましてや自分の惚れた女を。
「…顔上げろよ」
だが
「しゃあねぇ、怪我しても俺は知らねぇぞ」
こいつの意地を潰したくないのも事実で。
「ありがとう」
「ったく……」
頭をがしがしと掻いて。沙羅に背を向け歩き出す。先程から体が熱い。月夜に映える彼女が艶やかで――この状況に下手すれば我慢出来なくなりそうで。
「あと2、3日で到着だ。それ迄にしっかり休――――」
ギュ―――…
風が止み、言葉も途切れる。それは沙羅に腕を引き止められたから。
「―――…あの時はありがとう、助けてくれて。すごく、嬉しかった…」
海に落ちたあの夜の事。本心からそう言っているのだと分かった。
「もしあの時…貴方がいなければ、私は此処にいない」
腕を握る力が強くなって。でも直ぐに離れていく。
「――…ごめんなさい、引き止めて。…ずっと言いたかったの」
俯いているのは顔を見られたくないからだろう。頬が染まっているのが浮かぶ。
(可愛いところ、あるじゃねぇか)
元親は口の端を持ち上げて笑った。
「…ンなこたぁいぃ、冷えるぜ。――ほら、中入るぞ」
そう言って沙羅の腕を引っ張る。少し乱暴な、でも手放さないというような強い力。それに引かれてあっという間に距離が縮んで。
「「…――!!」」
少し猫背気味に振り向いた彼の唇と、自分の唇が
触れそうなところで止まった。
「わ、悪ぃ!!/ご、ごめんなさい!!」
同時に手を離し、顔を背ける。
「「……」」
不意の出来事。そんなつもりじゃなかった。
どう言葉を掛ければいいのか全く分からない。沙羅も同じらしい。今は何故か、いつものように出来ないのだ。互いにちらちら見合わせて。
「…――いや、そのよぉ、沙羅」
気付けば頭を掻いていた。
「中…入ろうぜ?」
「え…ぇ、」
手を差しのべる。彼の手を掴んだ。気付いたら熱い頬を、体温を悟られないように。今度はただ握り返すだけにして甲板を後にした。
月風の誘い
(お前に)
(貴方に)
((惹かれ始めてた))
第1部完
→後書き
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