ふたつ嵐の夜に

風ひとつない。暗闇の中にはさっきとは違い、欠けた月が浮かんでいる。水面にも同じように浮かんでいた。手摺りは立っているのがやっとな幅で。

沙羅は空を見上げた。



――…

風が一瞬自分の体を取り巻く。



「……」



目を細めて。その瞳は夜空の優しい光ではなく、違う景色を映す。ぼうっと、空を見つめたのも束の間、小太刀を取り出した。その時、



「そこで何してる!!」
「!!!」




突然の怒声。びくり、体が揺れた。知ってる、この声は。



「…ど、うして」



目を見張った。
その目には寝ていたことを確認したはずの、元親の姿が映っていたから。



「…どうやって…」



強い薬を盛った筈だった。だから普通の人なら動く事すら出来ない。それなのに、この人はそれさえも覆してしまうの?



「オメェの考えてる事なんざ丸見えなんだよ。
―――今すぐこっちに来い!!じゃねぇと「来ないでッ!!」



元親の足が止まる。



「あなたには見られたくなかった…。これは私の問題、口出ししないで」



沙羅が再び海の方を向く。



「早まんじゃねェッ!!!どうしてそこまでする必要がある!?」



考えている余裕はない。



「どうして…?それはこちらの台詞よ、あなたには何も関係ないじゃない!」



沙羅は拳を握り締める。



「勝手に助けてきて、わたしの心にズカズカと入り込んできて。…何なの!?世話焼きも度が過ぎるとお節介でしかないのよ!!」

「だったらてめぇは何故あの時小太刀なんざ渡してきた!?」



はっと沙羅の顔が固まる。



「何故あんなことを言った!?」




『この刀は私の元にあってはいけないのよ…』




「含んだ物言いしといて、助けた俺がすっきりしなかったのはあんたの所為だぜ」

「そんなの…あなたの気にしすぎじゃない…」



沙羅の目が泳いで、笑う。取り繕いきれなかったことを、隠そうとしてどうすればいいかわからず溢れた笑み。



「他にもだ。…あんた、言葉には出さねえようにしてるかもしれねぇが、顔にはものすげぇ出るのな」

「……」

「突っぱねてるようで、ホントは苦しくて堪んねぇって顔してるぜ」

「―――あんたに何が分かるのよ…」



ごおっと風が吹いた。



「それがお節介なのよ…知った様に言って…我が物顔で…何が分かるの」

「分からねぇ。だから聞いてんだ、あんたがそこから飛び降りようとするまで、追い詰められてる理由をよ。
―――陸に戻るんだろ」



ならなぜここで命を絶とうとする?



思えば何も知らない。
こいつはどんな奴なのか、家族はいるのか、どう生きてきたのか。



――海はゆっくりと波をたて始める。





「――…理由?」



返ってきた返事は突き刺すような低い声。元親は眉を顰める。



「私は…、人ならざる力を受け継いでしまった」



そう
こんなものがなければ



「…――私がいなければ村が襲われる事もなかった!!」



ぐっ、と握り締めた拳。
その手――、体も震えていた。



「どういう意味だ…?」



意味が分からない。いなかったら襲われなかっただと…――



「――!?」



ばっ、と空を見上げた。風向きが突然変わる。海が荒れ始め豪雨と暴風が船を襲う。



(何だ…!?これは)



次々と起こる出来事と、沙羅を交互に見て舌打ちをする。沙羅は泣いていた。



「これ以上は言えない。
―――あなた達を、」



巻き込みたくない

―――聞こえた最後の言葉。これこそがこいつの本音だと確信した。くるりと向きを変える沙羅。荒れる波がまるで彼女を引きずり込もうと迫っては引く。
そこに向かうのは、手摺りをゆっくりと引きずる草履。元親ははっ、とした。



「やめろおッ!!俺はあんたに惚れてんだ!!」
「――…え、」



一瞬だった。沙羅は目を見開き足を止めて、荒れ狂う眼下から振り返った。
自分でも驚いた。なんで、こんなことを。



「惚れた女を黙って死なせてぇと思うか!?なぁ!?」



そうか、俺はいつの間にか




―――こいつに惚れてたのか

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