揺れる心
月明かりが子分達の喜び笑い合う顔を照らす。
広い船の上、早くも酔い掛かってきた子分達は遠くで騒ぎ合っていた。
「やんちゃな野郎が多くてな。ゆっくり酒も飲めやしねぇ」
子分を見て笑う元親。すぐ近くで見える横顔が、心の底から部下達を大切に思っている、彼の性分を示していた。
「でも知ってっか?おめぇさん、あいつらに相当気に入られてるんだぜ?」
「えっ…」
意味が分からなかった。気に入られるどころか気に障る事ばかり言ったと思う。
元親は沙羅を一瞥する。
「俺に対してのその度胸に感服したらしい…っても威勢だけだがな」
沙羅を横目で見て。
目が、合いそうになって下を向く沙羅。
「―――そう……」
「…―――おい、いつもの威勢はどうした?」
「調子狂うだろ」と、元親は沙羅の顔を覗き込もうとする。
だが、顔を隠すように彼女は後ろの海を振り返った。
「ねぇ……元、親」
「あぁ?」
初めてだった、こいつに名前を呼ばれるのは。後ろを向き、同じように船首に寄りかかる。こいつが突然声を落としたり、かと思えば突っかかってきたりするのに妙に慣れてしまっていたから、いつものことかと対して気にしていなかったが。
「――…何でもないわ、呼んでみただけ」
意味わかんねぇ。理由なしに呼んでみただけってどんな話だと言おうと思ったが。面倒くさくなりそうで、海に背を向けたあいつを見送る。
「おいあんた―「盃」
戻ってきた彼女が持つ徳利を目の前に突き出され思わず退いた。
「出して」
散らかっていた徳利の中でも幸いにまだ酒が入っていたそれを持ち、促される。本当にいきなりな奴だなと、苦笑しながらも
「ん…?おぅ」
どこか悪い気はしない。盃に両手で酒を継がれる。
まるで手馴れている様で、辺鄙な村にいた女とは思えなかった。
「…あんた、なかなかのモンじゃねェか。どこかに仕えていたのか?」
「ただの嗜みよ」
相変わらずのそっけない態度。だが、酒は美味い。ちょっとした興味で話そうとしたら沙羅は子分達の中へ入っていく。
「おい、もう一杯頼むぜ」
「自分で継ぎなさいよ」
「あぁん?一杯ぐれぇ減るモンじゃねぇだろ」
「そう。だから一杯ぐらい自分で継ぎなさい。
終わったら戻るわ、―――待ってて」
「…」
なにか、してやられた気がした。いつもなら、口論になって互いに譲らないだろう。だがあの女が反発しながらも引き下がったのだ。
「継ぐわ、出してちょうだい」
「おっ、おめぇ気が利くなぁ!!」
おおっ、と野郎共が声を上げ、継がれた酒を口に持っていく。沙羅は次々と酒を継んでやる。
「おめェ、上手だな!!見直したぜ!!」
「―――なぁ、俺にもう一杯継いでくれよ!!」
なんだなんだ?俺には自分で継げと言っといて、あの従順さ。明らかに差別じゃねぇかと気に食わねぇモンだったが、
「はいはい…」
立ち上がり、明らかに「面倒」と顔に表しながらも野郎共の間を周り続ける。その景色は悪くなかった。まぁ、
(いいか)
と、元親は盃を高く持ち上げる。
「俺にももう一杯だ、沙羅!」
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