見知らぬ想い
「海が時化ってる、こりゃあ荒れるな…」
富嶽の帆先から望遠鏡を片手に元親は目を細めた。
ある時はその大きな度量で自分達を歓迎してくれる。だが又ある時はその姿を変えて船ごと自分達を飲み込もうと襲ってくる。それが海。これまでも幾度と無く引きずり込まれそうになった。だがその度に仲間たちと力を合わせてここまで来れた。他の軍でもここまで来れるものはいないだろう。元親はそれを誇りに思っていた。
「――野郎共!!
帆を開けェッ!!でけェ嵐がくるぜ!!!」
「オオォゥッ!!
…おめェら、配置に着けぇぇ!!」
「オウッッ!!!」
子分達が直ぐ様、ばたばた動きだしたのを確認すると、元親は見晴台から飛び降りて沙羅の船室へ急いだ。
―――
(――…ったく、こんな時に何やってんだ)
扉を開け部屋を見回したが、
「いねぇ……」
静まり返った一室。寝床の上は綺麗に毛布が敷かれていたがそこに沙羅の姿はなかった。扉を閉めて少し考える。と、元親は自室へ向かった。
―――
扉を開け階段を掛け下りる。寝床の上に人影が見えて内心安心した。
「…ったく…勝手に入りやがって…―――」
元親は眉をしかめながら、横になっている彼女に近づいていく。彼女の身体、女性特有の美しい線を描いていて。背中まである髪は、差し込む光に紅混じりの橙に染まり、寝床の上で乱れていた。どうやらここに来てそのまま眠ってしまったらしい。
「おめぇも手伝…――」
言い掛けたその言葉は沙羅の顔を見るや否や詰まってしまった。
「…こいつ…泣いてやがる……」
いつも反発ばかりしていて涙などないものだと思っていたから。
「…」
頬を一粒一粒、伝う。元親の布団の上はうっすらと濡れていた。
「………」
元親は目を背ける。扉の方へ踵を返すと、
「…―――ゅぅ…叉……」
聞こえた声はあまりに弱々しくて聞き取るのがやっとだった。背けた瞳は再び沙羅の方を向いていた。彼女の癖のある髪がふわりと揺れる。元親の方を向き、更に身を縮めた。
「…ごめん……ね…」
「………」
無意識だった、彼女に再び脚を向けたのは。
「何、…考えて」
我ながら浅はかだ。この女は後数日で居なくなる。変な情けは自由に生きる俺には邪魔なだけだ。
(女なんて、)
よくわからねぇ苦手な生き物
たまにいりゃあ、それでいい
俺は今
(野郎共と戦で十分満足してっからな)
淡路で出会った彼女。衝動的に拾ったのは結果的に助ける形となったが、面倒は御免だ。
―――そして。元親は元来た道を引き返し始めた。
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