名前は

眩、しい…





甲板に出ると青い空、どこまでも広がる白い雲が瞳に映る。
最後に見た景色とは正反対過ぎて余計眩しい。



「――……おめぇら、船足は良好かッ!?」



男の声が青空に響く。



「絶好調ですぜアニキィッ!」
「お疲れ様ですアニキィッ!!」



“アニキ"と呼ばれている、慕われていると部下であろう者達の様子から理解できた。いかにも“荒れくれ者"と呼ぶにふさわしい者達の頭だと、



(本当に海賊の船だったの、ね…)



どうしてそんな賊の中に自分がいるのだろう。どうしてこうなったんだろう。関わりない筈なのに。
―――混乱しているうちにどんどん男が集まっていて。はっと我に返る。



「…離して!!」
「てぇっ!」



無意識のうちに脇腹を蹴り上げて、抱える力が緩んだ隙に元来た扉に寄り掛かっていた。それに黙っていられるような者達ではない。部下の一人がドカドカと近づいてきて―――、



「女ァッ!!テメェよくもアニキを――「静かにしねぇか!!」




殴られると思った。でも凄みの効いた声が周りの男全ての行動を制止させる。



「…にしても、油断ならねェ女だな」



大きな傷のある蹴られた脇腹を擦りながら、見られた。一つしかないのに、その隻眼はとても鋭く主張する。たいして蹴り上げたとこは効いていないのは一目瞭然。屈強な体格には一か八かの行動もほんの足掻きに過ぎないということか。



「…あんた、状況分かってんのか?見ての通り、女はあんただけだぜ、この船には」

「そう…結局あなたたちも賊ということね」



村で生き残った女を攫って、人が気を失っていたのをいいことに何をされたのか溜まったもんじゃない。


「来ないで、海賊なんて――反吐が出る」

「何だとこのアマ…!」

「…」

「何目当てに近づいてきたかは知らないけど、誰も助けてなんて言ってないわ。自分の身は自分で守る…まして賊の助けなんかいらない」



口々に苛立ちの声が聞こえてくるが、



ジラ…――



聞こえた鎖の音がかき消す。あの男が近づいてきて。




…――バギッッ!!



「ッッ!!!…」



碇槍を私の傍らに刺して。右手を頭の直ぐ上に貼り付ける。この男はやはり、違う。今まで見てきた賊とは比べ物にならないくらい、纏う空気が変わる。意地悪く笑っていた先刻と、声を荒らげて口論になった先刻。それとはまた違う、射竦められるようなピリピリとした空気。太陽から覆い隠すように立ち塞がれて、男の落とす影の中にすっぽりと囚われた。



(逃げな、きゃ…―――)



そう思うのに出来ない。床を壊した碇槍と男の瞳を見遣り、怖い。そう、正直に思った。逸らしたくても瞳を囚われ、逃げる事を許さない。そんな獣のような瞳で。目を見開いて立ち尽くすしかなかった。
その時、



「――――――…おい」

「ッ!!…」

「そういやあんた、名は?」



見下ろしながら聞こえたことが、自分に向けられたものだと認めるまで少し時間が掛かった。



「生憎、海賊に名乗るような名はないわ。
―――出直してきなさい」




嘲笑を込めて言い返す。私の知る賊はみんなそう。最低な行いで人の悲鳴や涙を食い物にしている奴ら。纏う空気が違うとはしてもこの男も賊。




「なんだと女ぁッ!!「まー、待て」



男の制止に部下は我に返る。含み笑いのまま私から目を逸らさない。



「あんたつまり、賊が気に食わねぇってか」

「…そうよ。村を焼いて、略奪のためだけに人を殺して―――私達を、何だと思ってるの」

「あぁ?俺達長曾我部軍をそこいらの賊と一緒にすんな!!」



部下が叫んだ言葉に反芻する。



「長、曾我部……!?」



そういや、と言うと壁から手を離す男。



「まだ言ってなかったな。
…俺は長曾我部元親。四国の海を束ねる男よ」



ゆっくりと目を見張った。この男は。まさか、



「―――西海の、鬼」

「知ってんじゃねぇか」

「…………」



知ってるも何も、この四国を治める城主の名で。信じられない。信じたくない。この男だったなんて。この海賊だったなんて。



「俺の方は仕舞ぇだ、あんたの名を聞こうか」



西海の鬼と知って、迷いが膨らむ。いうべきか、…言わないべきか。



「テメェ!!アニキが聞いてるってのに「…――沙羅」

「――――…何だって?」



わざと聞き返す西海の鬼を睨み返す。やはり楽しんでいる。尚早だっただろうか。こんな男がよりによって城主だなんて、ただの賊の方がまだましだ。



「沙羅よッ!!何度も言わせないで!!」



納得できない。その意味も込めて声が荒くなる。だが西海の鬼は臆すことなく。



「……沙羅か。
陸まで早くて後二七日だ、それまで迷惑掛けさせんじゃねェぞ?」

「二七日…!?そんなにかからないでしょ…?近くならどこでもでいいから 「嫌なら泳いでいきな」

「なっ…」



ニヤニヤと周りの男達も笑いながら「いいんだぜ〜?」「その前にその綺麗な着物は脱いでいけよ〜」などと、言ってきて。



「あっはっは!!――――」



西海の鬼の笑い声が甲板に響く。ありえない。城主なんて、絶対なにかの間違いだと改めて思いながら、



「こんな船…港に着いたら直ぐに降りてやるわっ…」



頬を紅潮させ歯を噛み締めた。



二七日→14日間

20100319
20120806改

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