残された言葉
「…」
「何だよ」
「…つまり、あなたがあいつらから私を助けてくれた…って事?」
話が一段落し、女が口を開く。今までの経緯をおとなしく聞いていたはいいがあからさまに不審の眼差しを向けて。
「…ンだよ!悪りィか!?」
目を覚ます前と後での予想が浅はかだった。反発的だし、疑い深いし、警戒心の塊。
助けたのだからもう少し愛想よくしてもいいと思うが、寧ろそうするべきだが。苛立ちを感じ思わず怒鳴っていた。その反面、
(…どうして女なんぞに向きになってんだ。こんな女に)
普段ここまで掻き乱される事はない。ましてや、女に。余程この女は癖があるのだろうかと頭を掻いた。
「…いえ、見ず知らずの人間を助けるような方には見えなくて」
そんな元親の気持ちを更に煽てるように、女は表情一つ変えずに続けた。
ブチッ、と元親の眉間の血管が浮かぶのに時間は掛からない。
(てっめえ…!)
怒りが体を震わせるも、女を手に掛けるのは自分の流儀ではない。
男として、それは守らなければならないと決めていた。
「…勝手にしろ」
女に背を向け歩き出す。
「ま…待って!」
「…ああン!?」
突然元親の所に走ってくる女。今度はなんだと眉寄せて振り返る。懐から一寸ぐらいの立派な小太刀を取出し差し出された。
「…何だぁ?」
「…酷い事言って悪かったわ。…貴方海賊なんでしょ?これを売れば高くつく」
「いらねェよ、ンなモン。十分足りて……「貰って!!」
「お願い、だから」と消えそうな声で付け加えて。女はすがるように元親の顔を見た。突然の変化に戸惑い元親は口を閉ざす。
演技かと思うこともできたが何故かそうは思えず。浮かんでいた涙を嘘だとは思えなかったのだ。
「……」
「…これは私の元にあってはいけないのよ」
元親が目を細める。視線に彼女は気付いていないようだった。下を向いたまま震えを感じられまいと堪えている。見え見えだった。
同時に一体何なのだろうかと、間者と疑うべきなのに、そう思えない自分がいた。
元親は溜息を吐く。
「…しゃあねェ」
「……有難う」
それで引き受けてしまう自分も甘ちゃんだと痛感する。女が表情を少し緩めるから。初めて見せた表情に悪くないとも思いながら、そんなにこの小太刀手放したかったのかと疑問に思う。それに気付く事なく女は背を向けてしまうが。
「…あんた、これからどうするつもりだ?」
脚を止める彼女。
「…助けてくれたこと、礼を言うわ。でも私のことは忘れて」
そう言って。元親に背を向けたまま走って見えなくなった。本当に早い、あっという間だった。
「……何だったんだあの女」
毛利の手下の件といい、さっきから引っ掛かるのは一体何なのか。
(そういえばあの女奴らに捕まってたな…)
「……」
(『あの方』っつーのも何だか知んねぇし…まあ、もう見えなくなっちまった、か)
深まる謎が頭を占領しつつも、今此処に居ても為すべき事は何もない。己には関係のないことだ。あの女も関わることを望んでなかった。ならば、
―――手に残った小太刀を見つめ、元親もその場を後にしたのだった。
―――
「――…やっぱ気に食わねぇ」
元親は頭を掻きながら海…ではなく、女の行った方向へ碇槍を弩九で走らせる。
今更追い付くはずはない、そんな事分かってるのに。女の残した言葉が妙に引っ掛かかったのだ。
『私のことは忘れて』
『……これは私の元にあってはいけないのよ』
(ちっ……何なんだよ)
―――何でこんなにすっきりしねぇ―――
終わった筈だ。あの女も目が覚めて自分の足で、意思であの場で別れた。確かにあれ程の体術、戦術があれば大丈夫だろうと思う。なのに、何故だ。
(くそ…ッ、)
濁された言葉が引っかかって動けない己がいた。何かある、聞き過ごせない、放っておけない。己の性に見事にかかっていた。
――深い森を抜けようとした時。
「!!あいつぁ、」
弩九を止め、横たわる女の背中を起こす。
「おい!しっかりしろッ!!」
体が熱い
「こいつ…なんて熱だ」
女の額に手を置き眉をしかめる。汗に体が髪が濡れ、苦しそうに息をしていた。
――ちッ、しゃあねぇ…
元親は女を片手で抱き寄せ胸に閉じ込めると、碇槍を走らせる。弩九の速度をいつも以上に上げ、船へ向かった。
「くそ、まだなんも聞いてねぇってのに…くたばんじゃねぇぞ!」
続
20100317
20120806改
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