お前との約束
「元親…」
沙羅も元親を見つめる。呼ばれた名が、声がどうしようもなく好きだとこんな時に自覚する。自分にも困ったモンだと苦笑をもらしながら。
雨も嵐も、この時は感じなかった。感じるのは目の前にいるただ一人の存在だけ。その時だった。
――ドォォォォォンッッ!!!
船が大きく揺れる。
「おわっ!!」
「きゃあっ!!」
ズリッッ、
一瞬だった。沙羅の足元が滑り船の外へ放り出される。ゆっくりと姿が見えなくなる。
「沙羅ーーーッ!!!」
ふざけんなよ
(こんなの、なしだぜ…ッ―――)
叫んだのと走り出したのは同時だった。
(―――これでいい……元親……)
ありがとう…
―――薄れゆく意識の中で、目を閉じた。
―――
『――……ぬんじゃねぇ……!!目ぇ覚ませ……!!』
声……
誰の……―――
「――…ゲホッ!ゲホッ!!」
「大丈夫か!?」
暗闇が開けた目の前には元親がいた。安定感がある此処がどこかわかるまで少し時間が掛かる。
「甲板……」
「あぁ」
ぶっきらぼうに返した彼の髪、上着、服が濡れていた。
「私…生きてるの…?」
頭が重い。沙羅はぼんやり空を見た。嵐は過ぎ去り日の光が差し込んでいた空を。
「ったりめぇだ!!死なすもんかよ!!」
ぐっ、と眉を寄せる元親。
「あんたが死んだら…、いや」
死なせたくねぇんだ
「……!!」
ゆっくりと目を見開いた。聞き間違えじゃないだろうか。本当はもう、海に沈んだ身で夢を見ているだけじゃないのか。確かめたい、でも体が動かなかった。
「…――こんなんじゃお前を陸に置いてくなんて危ねぇだけだな」
頭を掻いて。
「…暫くお前の命、俺が預かる」
「えっ……」
言われた言葉に声が大きくなった。
「嫌とは言わせねぇぞ」
「………」
突然の言葉に反発しようとした。有り得ない、こんなに迷惑を掛ける女をまだ置くと言う、彼が。本当に夢じゃないのだろうか。
夢ならどうか、覚めないで―――…。
「――あー……疲れた。俺は暫く寝るぜ」
元親はそう言うと床に寝転がる。その時感じた海風の匂い。此処に居るのは“彼”だと、元親だと教えてくれる。
「あとな」
「……」
「さっきのは嘘じゃねぇ」
「…!」
『俺はあんたに惚れてんだ!!』
「元親……」
思い出すだけで胸が熱くなる、この気持ちは。私は。
「…お前が、」
小さく聞こえた彼の言葉に耳を傾けた。
「いろんなモン抱えて、身投げしようとするまで追い詰められているなら、…そう簡単にいかねぇかもしれねぇ。でも、」
縮こまる背中。
「少しずつでいい。話せ、頼れ。お前の辛ぇ気持ち俺が取り除いてやるから。
それでいつか、お前の気持ちが決まった時、」
〈答えを聞かせてくれ〉
『俺はあんたに惚れてんだ!!』
答え
(私の気持ち―――…)
「少なくともその時までは、俺があんたを守る」
そう言って。流れる沈黙。彼は待ってくれる、私を。私が今答えを出せないことを分かって。
「助けてくれてありがとう…」
今はそれしか言葉が見つけられなくて。そんな自分がもどかしくて。
「…気にしてねぇよ。これからもっと世話焼かされるんだしな」
彼は今どんな顔をしているのだろうか。表情は分からないが、その背中はとても心強かった。
「―――今度、」
話すから
「私の話聞いて…ほしい、」
自然と話して、聞いてもらいたいと思う気持ちが生まれてきてた。
「仕方ねぇ」
元親は目を閉じ小さく笑った。沙羅にそれは見えないが、彼の背中に彼女も微笑み返した。
続
20100323
20120806改
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