穏やかな刻

一日に渡った戦は幕を閉じた。
これは後に厳島海戦と呼ばれる事となる。
社は半壊したが、双方の頭は無事で所謂引き分けである。
だが、得られたものはとても大きい。





「元親様」

「おう、入れ」




振り向く。
丁度凛が戸を閉めたところだった。




「お着替えは滞りなくお済みになられたようですね」

「ガキじゃあるめぇし、着替えくれぇ一人で出来るに決まってんだろ」

「ふふっ…左様ですか」

「な、何笑ってやがる」




くすくすと袖で口元を隠しながら、もう片方の手で前紐を引っ張られて。
解ける。



「おまっ…」

「まだまだですね、元親様」




動かないで下さいませ




「紐が緩いです。
これでは歩くと袴がずり落ちてしまいますよ」




これは…後ろ紐も結び直しといた方がよいですね

―――そう言って元親の腰に腕を回し、紐を結ぶ凛。
手持ち無沙汰の本人は何も口出し出来なくて。
あっという間に着付けが終わる。




「終わりましたよ」

「あぁ、悪ぃな」

「これで終わるまで崩れる事はないでしょう」




にこにこ微笑みながら、頭から足先まで見る。




「そんなに下手だったか?俺の履き方よぉ、」

「はい」

「『はい』っておい、」

「昔からご自分で着付けるのだけは苦手でしたからね」

「…」

「―――なれど、」




小さく微笑んで。




「この日を迎えられて、私は誠に嬉しゅうございます」

「―――そうだな」




元親も笑う。




「最初は奴と同盟結ぶなんざ天地が引っ繰り返っても御免だと突っぱねてたが、由叉の顔を見たらそうもいかなくてな」

「それ程の?」

「あぁ」





『…―――元就ぃー!』





「あの野郎それも見越してやがったに違いねぇ」

「私も驚きました。
毛利自ら同盟を持ちかけてこよう等、」





『我が冥鏡水を貴様に分け与えよう。
貴様はそれに見合うものを差し出せ、言わずとも分かっておろう?』






「凛の薬が欲しいと言えば済む事じゃねぇか。
上からなのも気に食わねぇぜ」




ちっ、と舌打ちした元親を
あの毛利なのですから、と宥める。




「私は嬉しいですよ。
この盟のお役に立てて」

「おめぇがいいならいいけどよ」




ふう、と息を吐く元親。




「そういえば由叉様は謝りにいらしたのでしょう」

「ん?あぁ、」





『ごめん…っ、本当にごめん…元親…。
俺どうすればいいか分からなくて…っ、でも元就を守りたくて…ごめん…ごめんうう…っ』

『だからもう気にしてねぇって。
…て、おい、泣くな、泣くんじゃねぇ!』






「トンだ災難だったぜ…」

「ふふ」




元親は頭をガシガシと掻きながら襖の方へ足を運ぶ。
手をかけた時
なれど、と凛は言って。




「誠に生きておられて…良かった」

「…」

「貴方様が、」




きゅっ




「貴方様を失って、この四国を守り続ける事
私には想像だに出来ませんでしたから」




袖口を握った凛。
降りる沈黙。






「―――なーに言ってやがる」

「!」




目を丸くして顔を上げると、笑みを浮かべていた。





「この西海の鬼…早々鬼の名を捨てるつもりはねぇぜ」




四国(ここ)は





俺の国だからな




頭が居なくなるわけには、いかねぇだろ?
―――少しだけ口角を上げて。
開け放し入ってきた光を受け、振り返った。

[ 210/214 ]

[*prev] [next#]

[戻]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -