嗜欲

―――ドッ、




「はッ…はッ…―――」

「ほぉ…」




最後の一人。
地面に倒れた敵兵を見下ろしながら、息を懸命に整える。

辺り一面は倒れた敵兵に埋め尽くされ立っているのは沙羅ただ一人だった。
疲れきった体に鞭打つように、無理矢理体を動かして辺りを見渡す。だが直ぐに顔を歪め地に手を付いてしまう。空いた片手は心の臓を握り締めて。




「はぁ…ッ、はぁッ…はぁ」

「ここまでのものとは…実に素晴らしい舞だった」




楽しむかのような久秀の声。
庭へと降りてくる彼の、乾いた拍手の音が不気味な静けさの中響く。
近づいてくるその姿、霞んでぶれて。
視界を染めていくのは紫がかった煙。





(これは…香―――ガッ、




気付いた時には遅かった。
背後から両腕を、2人の男に固定される。



「な…っ、」



目線を後ろにやると、自分を取り押さえるのは倒したはずの敵兵。その背後にはゆらゆらと起き上がる兵達。
その誰もが一度倒した敵兵で口々に、痛くねぇ、等と叫んでいた。
充満する香の煙、痛む心の臓に眩暈を感じながらも、左右の腕を解放しようと藻掻く。




「最後まで気を抜かない事だ」





これは…香の所為?

―――視線だけ後ろに遣り、敵兵に囲まれた場所に香炉があるのを確認する。




「香炉に気付いたか。だが今の卿に―――」



声を遮るのは突然起こった強い風。



「そんな風ごときで…」



余裕めいていた久秀の表情が固まる。
煙が吹き飛ばされ、晴れた視界、香炉は破壊されていた。

風も止み再び辺りにはひっそりと静寂が降りる。
煙を失い、気絶し倒れた敵兵達を、沙羅は黙って見つめていた。

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