闇の囁き
「“刀に付いた六条の血、刀の所有者はその六条の者を意のままに操る事が出来る”、また“刀を身に付ける六条の者は自身の力を増幅出来る”―――とも聞いたが、私にはどうでもいい事だ」
振り返った久秀が続ける。
「“六条以外の人間をその刀で殺せば、斬られた者の寿命を自分のものに出来る”
―――まるで夢のような話だが卿は試してみたのかね?」
事も無げに言う目の前の男に目を見張った。
「そんな、事…っ」
やれる訳ない…
―――俯き唇を噛み締める。
「やれぬ、か。実に勿体無い事だ」
「何ですって…っ」
「寿命を延ばしたいとは思わないのかね?」
くいっと顎を持ち上げられて。
「知っているよ…卿ら一族は他の者よりも命が短いと。
寿命と引き換えの力―――それもまた世の真理だろう」
「貴方は延命の為なら人を殺しても構わないというの…っ」
「綺麗事だな…卿がこれまで戦において斬ってきた者達も、所詮は自らが生き延びる為の礎に過ぎぬ。その屍を乗り越えて、卿はこうして生きているのだろう?」
「それ、は…―――」
「矛盾しているな、そしてそのような刀を作ったのは六条…卿の血筋だ」
「……っっ、」
言い返す事が出来なかった。
「力を持っていても人の子…他を犠牲にしてでも生き永らえたいと思うのは人であるが故。
人の命は短い…ならばその欲望に忠実に生きていくのが興だとは思わんかね?六条の姫」
「!!!」
刹那、
顎を固定する指の力が強まって。
ぐっ、と引き寄せられる。
息が詰まる程の距離に久秀の顔が近づく。
味わったことがないような狂気がひしひしと伝わってくる。
「―――私が怖いか、沙羅姫。
震えているようだ…強がっていても所詮は女、卿も命が惜しいのだろう?」
「うっ…」
「何も隠す必要はない」
途端、扉が開いて。
中に連れてこられたのは、
「沙羅姐さん!」
「目ェ覚ましたんすね…!!姐御、」
「佐平太…弥吉…」
長曾我部軍の部下。
久秀の部下に捕らえられた仲間。
「彼等だけではない…見たまえ」
久秀が顔を向けた先、塀に囲まれた広い庭、ただ一つある門からぞろぞろと引き連れられてくる長曾我部軍の仲間達。
「姐さんっ!!」
「無事だったんすね…、よかった…!!」
「済まねぇ…アニキが出払ってる間は、俺達が姐さんを守るって、」
「アニキに誓ったのに…っ」
「皆…
―――卑怯者ッ!!!」
「私は目的の為なら手段を選ばないのでね」
そう言うと、目を細めて。
「刀の存在を知る者は少ない。あの崩壊した大阪城から見つけ出そうという輩はそう居ないだろう。
―――いるとすれば、」
西海の鬼
―――はっ、として目を見開く。
「卿が常備しているものと思っていたが…的が外れた。
ならば卿をよく知る者が持ち去ったと疑う事は出来よう」
元親が…冲天千寿を。
―――沙羅が最後に刀を目にしたのは豊臣との戦、自分が操られる前。それから刀がどうなったのか分からなかった。
故に持ち出された可能性を否めなかった。
「必ず西海の鬼は此処に来る…その手に冲天千寿を携えて」
ドクン、
「それまでの間、卿には私の一興に付き合ってもらうとしよう」
「何を…言って…、」
「なぁに、簡単な事だ。卿の力を見てみたいのでね。
―――その手枷を外そう。
そして卿にはこの庭で我が兵達と刀を交えてもらう。
我が兵達全てを倒せば、卿の仲間を解放しよう。
ただし兵全てを倒さずして、卿が倒れる事あらば」
邪気を孕んだ瞳が冷えた光を宿して。
「卿は私がもらおう―――私の下僕としてな」
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