黒き深淵

「何処からその名を…」



焦りを隠すように睨み続けた。闇を孕んだ瞳が彼女を捉える。




「なぁに、簡単な事だ。興味があるものは更に知りたくなる、人間の性に従うまま動いたまでだ。当然の事だろう」

「…」




何を…言ってるの…この男

―――次々に耳に届く言葉は理解するにも纏まらない。それどころか目の前の男の存在感におののいている自分がいた。豊臣の時のような力への恐怖心ではなく

何を考えているのか掴めない、不気味なものへの恐怖。



「卿ら一族の話は聞いている。そして今は亡き覇王との戦で卿が見せた力も」



―――ザッ、



「卿の力も見てみたいものだが…今は何よりも六条家の宝、冲天千寿が欲しいのだよ。
何処にあるのだね?六条の姫」

「質問に答えなさい…貴方は何者なの。
先に名乗るのが筋ではなくて?」



近づいてくる男から無意識に離れようと後ずさる。
一体何なのだろうか、この感覚は。気を抜けば呑まれてしまいそうなおぞましい、底が見えない恐怖。



「筋、か。
―――ククク、面白い事を言う娘だ。名乗ったところで卿の行く末になんの影響もないのだが」

「…」

「戦国の梟雄…人は私をこう呼んでいるようだ。
―――これで満足かね?」



戦国の梟雄―――



「…貴方が、」




松永弾正久秀

―――そう呟いた沙羅を肯定するように口元を歪め笑う久秀。

元親から聞いた事がある。
力を持っていながら天下に名を挙げない男。その素性も目的も全てが謎に包まれた人物。裏を返せばそれは、
“関わらざるべき者”
―――そう思った途端、恐怖という闇が心を侵食していく。

息が張り詰める。



「なぁに、恐れる事はない。その手枷を外さぬ限り、卿に為す術は無いのだ。
ならば時の流れに身を任せてしまえば良い」

「…」

「―――流石は名宝だ。その枷は古来から化け物の力を封じると言われていてね。
まさか卿にも効くとは思いもよらなんだ」

「…」



化け物――…

沙羅の心の奥に刺さる。



「人にして人非ざるもの、か…
―――ククク…天を操る力など私もこれまで聞いた事がない。まして治癒等言わずもがな…豊臣が卿を欲したのも理解出来る」

「…」

「だが生憎、私はそこまで卿の力に興味はない」




壁際まで追い込まれた沙羅を黒い影が覆う。
だが直ぐに踵を返し久秀は離れていった。



「人等…脆く儚い。扱い方次第で直ぐに壊れる。
心の臓を刺されれば死ぬ。呆れる程簡単に死んでいくのだよ」

「……何を言いたいの」

「命ある以上、無常にも寿命は避けられない
―――卿にとって尚更の事だろう?」

「………貴方…っ」



何を言わんとしているのか直ぐ予想出来た。





「そして私は耳にした。
寿命を延ばす刀―――“冲天千寿”を」

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