届くなら、
「お役に立てず申し訳ございません…元親様」
「ンな事ァねェよ、凛」
隣にいた女性、凛が視線を落として。元親がすかさず言葉を返す。
凛は親の代から長會我部家に仕える医師。昔の馴染みもあり、元親と凛は互いに信頼が厚い。
医療に長けている彼女は大きな戦が終わる度に砦に呼び出されていた。そして今回、沙羅と初めて顔を合わせたのだ。
彼女の事情、豊臣で起こった事、元親から聞き快く治療を引き受けた。
「オメェは十分やってくれてんだろ。何も謝る事はねぇ」
そんな凛でも歯が立たない、それがこの昏睡状態だった。体は凛の治療で略完治しているが、意識は戻らない。半年もの間眠り続けている。そうなれば食事も取れない故、特別に調合した薬を城から定期的にやってきてはこうして飲ませてくれている。
「オメェの腕は昔っから四国一どころか日ノ本一だと俺は自負してるぜ。沙羅がここまで回復したのもオメェのお陰だ」
「いいえ、私は殿の仰るような働きは成し得ておりませんよ」
どこか申し訳なさそうに笑う凛。
「実を申し上げると―――今まで意識がお戻りにならないまま生きておられるのは、奇跡と言っても過言ではございませぬ」
普通ならば体力は保ちません
略飲まず食わず、薬だけで生き長らえる等。
本当ならば既に事切れていても不思議じゃない。薬とはいえ、栄養剤のようなものだ。せいぜい命を繋ぎ止めるだけの効果しかない。
今ではこうして毎度頭を起こして薬を投与してきているが、最初は意識のない人間にどうやって飲ませるのか―――寧ろ飲ませられるのか不安だった。しかし塗り薬で効くようなものでもないし体内に入れなければ十分な効果を発揮しないと思い、凛は思い切った。呼吸はあるが意識がない中、少しずつ水に溶かした薬を流し込ませる様子は元親が目を剥いたが、意外にも沙羅はそれを拒まず飲んだ。静か過ぎて見逃しそうだったが、僅かに喉骨を上下し飲んでいた。目が覚める事はなかったが本能が働いたのかもしれない。
目を覚ましたいけど、覚められない。でも生きたいという本能が。
「私は思うのです。
沙羅様は元親様―――貴方様の為にお命を繋いでいるのだと」
向き直った凛が微笑む。彼女は元親と沙羅の関係を聞いて心から喜んでくれていた、それ故に。
「言い訳がましいかもしれません。でも私は思うのです」
沙羅様は必死に生きようとしている
「目をお覚ましになるまで、」
どうかお傍に居てあげて下さい―――…。
―――
―――…ザッ、
その夜、月のかげりがない空の下、淡い月光を遮り部屋に踏み入る。
沙羅の傍に腰を下ろした。
『沙羅様は元親様―――貴方様の為にお命を繋いでいるのだと』
「俺の為、か」
ふっ、と笑みを溢す。
「お前らしいぜ、ホントによ」
肝心な事は言わねぇで、何でもかんでも一人でやろうと勝手に行っちまって
やっと戻ってきたと思えばお前と話す事も出来ねぇ。
俺の為、俺の為って言ってるくせに、手間かけさせやがるのはオメェばかり
だがそんなお前だから
益々愛しくなる
「沙羅」
バフッ、
―――気付けば覆い被さっていた。髪を梳いても応えてはくれない。目を開けてはくれない。それでも。
落ち着いた呼吸、伝わる体温は生きていると証明していて。
「あとはお前だけだ」
待つってのは苦手でよ、
だから
「早く目を覚ませ…」
沙羅―――…。
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