さざ波は静かに
僕が近付くと、力なく倒れ伏した沙羅。浅い呼吸を繰り返し、僕を睨み付ける君は息絶え絶えだった。
『徒労なんかじゃ…ない。
だって……私は、生き残るの、だから…』
震えていた
『怖いのでしょう?半兵衛。……万全な3人が……協力し合うのが…』
言葉も途切れ途切れに
『貴方がこんなに……よく……っ、喋るなんて……よっぽど…気が気じゃないのね』
只の強がりではないのだろう。心中は不安と苦しさと何かに縋りたい気持ちで押し潰されそうなんだろう。
僕には理解出来る。
自分の体を蝕むものに堪えながら為すべきものに身を費やす、この辛さが。
精神にも肉体にもきついと。
だが、彼女は決して言わなかった。辛いとも、苦しいとも。
僕よりずっと若い彼女が。まだ諦めないのだから。
その態度に、呆れより苛立ちが沸いていた。
僕の策は完璧だった。こんな女一人に揺さ振られる柔なものじゃない筈だ。
死と隣合わせの状況でここまで追い詰められても弱みを見せない、彼女の姿に僕は焦りを感じ始めていたのかもしれない。
利口で強い精神力、機敏な判断、行動力を持ち合わせた君は豊臣にこそ有るべき人材。
なのに、力のある豊臣ではなく長曾我部を選ぶ、苦しんで命を擦り減らす道を選ぶ―――何故なんだ、何故。
そう思った時には関節剣を喉元に突き付けていた。
『女だからって容赦しないよ』
豊臣にくれば命が狙われる事も、少なくなる。兵力と人材――医者も数多く当たれる。
身の安全、優遇はずっと効く。
だが――それでも彼女は折れなかったから。
なら手段は選べない。
一度は引き抜いた人材だったが敵になる事を選ぶなら――死んでもらうしかない。
そう思い、柄を握る力を強めた時だった。
『はっ、』
洩れたのは、嘲笑。
驚いて目を剥くと、入るのは挑戦的な笑み。
笑みに歪んだ口元。
『斬ってみなさいよ…』
ぞくり、とした。
『斬れるものなら…っ、』
この子……
『斬ってみなさいよ!!』
危険だ―――。
―――反射的に感じていた、異様な圧力を。
脳が、体が彼女を、目の前の女を危険だと言っていて。
更には彼女の姿が――元親君と重なったのだから。
だが刹那だ。彼女は苦しそうに呻き倒れ伏した。
そして纏わり付いていた圧力は、何もなかったかのように消えていった。
――呼吸するのも忘れ、止まっていた思考がやっと動き始める。冷や汗を隠すように苦笑した。
そうだ…いくら強がったって、生意気な口を叩いたって
『所詮…そんなものなんだ、君も』
並み外れた力、強い力を持っていたところで
やってくる未来は…運命は変えられないんだ。
君は“死”を待ってそこで伏しているしかない。
『いくら足掻いたところで、出来る事はもうない』
君はこのまま黙っていても朽ちていくだろう。けど、元親君と重なったあの時点で君は、
今僕が葬らなければならないと思った。
豊臣に害す危険があると直感した――。
『僕にも時間がない』
それにこれは、僕が成し遂げなきゃならない仕事。
数える程しかない、僕の夢への一歩。
『恨むなら己の悲運を恨むんだね』
そこに居たのが君だった、只それだけの
『さよなら、沙羅』
それだけの筈なんだ―――…
―――ドクンッッ
『――!!!』
そう言い聞かせて
ドッッ!!!
そう言い聞かせてこれたら
ゴホッ…ゲホッ―――…
此処で膝を付く事も
彼女に隙を与える事も
―――きっと。
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