罠の網
沙羅の前に立ち塞がる半兵衛。
「…只で済むとは思ってねぇよな?」
「そうだね…。君に面白い事を教えて差し上げよう」
沙羅を一瞥する半兵衛。元親の敵意には涼しい顔で、紫の瞳を光らせた。
「な、何よ………」
半兵衛の瞳は動揺する沙羅の姿が映る。沙羅の瞳は近づいてくる半兵衛の姿を映し揺れる。そして突然沙羅の右腕にそっと触れた指先。包帯が素肌を隠す右腕を、見つめて。手の甲から肩口まで、なぞる。ぞくり、と肌が粟立って震える。
「体の調子はどうなんだい?」
ドクン、
目を見開いた。
「…貴方……まさか…、」
「僕が…知らないとでも?」
ばっ、と顔を上げ半兵衛を食い入るように見つめるその瞳には驚き、動揺、焦り―――様々な負の感情が見え隠れしていた。
(何だ―――?)
「…――おい、あんた…何沙羅に吹きこんでる?」
沙羅がこんな表情をするのは余程の事。奴に弱みを握られているとしか思えなかった。半兵衛は元親の視線に気が付き、向き直る。
「――…おっとすまないね。彼女に確認していたんだ。自分をどれ程理解しているか、ね」
「あぁ?言ってる意味が分からねぇんじゃ話になんねんだよ」
こいつ、何を言ってる。沙羅が自分自身をどれ程知ってるか、だと?―――…
「止めて竹中半兵衛…!
何も…言わないで!!お願い、だから…っ、」
「沙羅お前何隠し―――」
言葉に詰まる。沙羅は首を横に振り続け泣いていたから。
「何で…泣いてんだよ、」
困惑する元親。
私はごめんなさいと心の中で謝り続ける
元親の所為じゃないと言いたい
でもこれだけは決して知られたくない事で
―――二人の様子を見ていた半兵衛は薄く笑うだけだ。
「成る程…、君は聞かされてないのか。彼女から」
「何…?」
喉の奥で、クツクツと笑う半兵衛。元親はどうしようもなく腹が立った。
「これは面白いね。教えがいがある」
聞きたいだろう?
「半兵衛!!!」
背後の彼女の声。半兵衛は一瞥するだけで元親を見る。
「…言うんじゃねぇ」
「何故?」
笑みを浮かべたままの半兵衛にさらに、眉を顰めた元親。
「…沙羅」
「…!」
「お前の事だ。後で、しっかり話すつもりだったんだろ?
―――俺は待ってっからよ」
テメェの口から聞く必要はねぇ。半兵衛にそう言い切る、彼に沙羅は胸が締め付けられた。苦しいのに愛しい。全て話してしまいたい。再びそう思ってしまう。彼の優しさに
「…………っ…、」
身を預けてしまいたいと思ってしまう―――…
「―――元親君、世の中には知らない方がいいこともある。彼女が言いたくないと言っているんだ。彼女が大切なら―――見守る事も必要だよ」
「…」
じっと睨み続けていた目が、表情が一気に険しくなる。
「黙ってろと言ったのが聞こえねぇか?」
ふっと、半兵衛はただ笑う。
「第一な、解せねぇのはてめぇのその態度だ。今ここでぶっ潰して全て―――吐かせてやるッッ!!!」
走り出す元親。
「―――…元親君、」
半兵衛は動かない。
「君は優しいね」
そして
「―――愚かだ」
――ガコ、
―――半兵衛の瞳が鋭く、光った刹那だった。
着地した足元で音がして。見た時には、床が開いていた。
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