「げほっ、ううっ‥」


トイレに駆け込むのはもう今日何回目だろう、気持ちが悪い。


ここ最近、謎の体調不良が続いていた。食欲がないし、食べてもすぐ戻してしまう。今朝だって仕事中に我慢できなくって飛び出してしまった。





「大丈夫、名前ちゃん?」


台所に戻ると、先輩女中が心配して駆け寄ってきてくれた。顔色悪いわよ、と顔を覗き込んでくる女中さんに無理矢理笑顔を作って大丈夫と頷いた。今日は夕方までだし、病院行こう。それまでは頑張れるはずだし。


持ち場に戻ると、そこはトイレに駆け込む前の状態のまま。しゃもじは床に落ち、炊飯器の蓋は開いている。


「‥‥‥っ」


そういえば、さっき気分が悪くなったのは、炊きたての白米の匂いを嗅いだ直後だった。ここ最近毎朝そうだ、食欲もないし生理も、来てない。


ちょっと待って、最後に総悟としたのはいつ?不安は膨らみ、やがて確信へと変わっていく。


「妊娠、してる‥?」


ぽつりと出た答えは他の女中たちにも届いてしまったらしい、名前ちゃん妊娠したの!?という驚きの声が台所中で響き、その声はカウンターの奥にある隊士たちが食事をとる食堂まで通った。


「名前ちゃん、妊娠したの?」


「えっマジ?まだ18なのに!」


「隊長は知ってんのこれ?」


マズイ、まだ確定したわけじゃないのに‥!こんなに広まったら総悟が困っちゃうよ。


「名前ちゃん、休んでな!無理しちゃいかんよ」


妙に男気溢れる発言をした先輩女中に強引に仕事を中断され、女中用の休憩室に連れ込まれた。


「あの‥迷惑かけてすいません。でもまだ決まったわけじゃないんです」


「だったらきちんと病院で検査受けなさい。あなたはまだ未成年なんだし親御さんと相談もしなくちゃいけないでしょう?」


布団をひいてそこへ私を寝かせる女中さんは母親のように優しく微笑んだ。


母親‥
もし私のお腹に赤ちゃんがいたら私は母親になるんだ、総悟がお父さんに‥。


不安だ、とてつもなく不安だ。


「それにね、ひとを産んで育てるのはとても大変なことよ。名前ちゃんにその覚悟がなくちゃダメね」


「覚悟、」


母親になる覚悟、あるかな?
まだ私自身が一人前じゃないし、産むお金も育てる環境もない。第一、総悟が何て言うか‥それが一番怖い。


「い‥痛い、っ!痛いよ、ぉ」


様々な現実的な問題と突然やってきた凄まじい腹痛に耐えきれず、私はパトカーで病院へ運ばれた。


その道中で意識が途絶えた。





「名前‥」


どれくらい経ったかわからないけど、目を覚ますと知らない場所だった。真っ白い部屋で寝かされていた私の左手を握る総悟。その手には何本かの管が通っている。


「びょーいん‥?」


総悟はいつもの無表情で私をみていた。目覚めた私を見て少し安心したような表情を浮かべる。ここに一緒にいるってことは、総悟は知っているんだ、今朝のことも私が妊娠しているかもしれないことも。


「心配すんじゃーねィ、」


「それって‥産んでもいいってこと?」


総悟はその言葉にキョトンとした表情を浮かべた。え、私何か変なこと言った?


「オメー何か勘違いしてねーかィ?」


「だって妊娠しているかもって…」


今度こそ総悟は呆れたのか、ため息を吐き出した。そしてあのなぁ、と口を開く。


「夏バテ。気分が悪ィのも食欲不振も生理不順も、夏バテ。冷たいモンとか食いすぎてたろ」


「へっ‥」


全身の力が抜けていく。妊娠じゃなかった、よかったのか悪かったのか分かんないけど。お腹をさする、ここに赤ちゃんはいないんだ。


「賞味期限が切れたモンでも食ったか、冷たいモンの食べ過ぎか、両方か」


たしかに考えたらここ最近の私の食生活は荒れ果てている。食事はそうめんとかばっかりで野菜とかお肉食べなかった。アイスなんていったい何本食べただろう。それがこんな妊娠の症状みたいになるなんて‥恥ずかしい。何か本当すいません。


あーあ、そう言って天井を見上げる総悟。


「心配して損した」


「ごめん、」


「ガキはまだ早ェだろ、オメーがガキなのに」


「‥総悟もじゃん」


小さな声は総悟に届いたのかわからない。総悟は立ち上がると、病室の奥からドラッグストアの大きな袋を持ってきた。


「近藤さんがお大事にってこれ置いてった」


「何だろう?バナナとかかな‥ってえぇえ!」


「コンドーム。コンドーさんだけに」


「うまくないわァア!」




ゆっくりでいいんじゃない
(病院プレイ楽しそうでさァ)
(無理無理無理無理!)
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