「土方さん‥!」


店を出た土方さんを追いかけて声をかける。賑やかな店内に慣れていたせいか、やけに周りがしんとしていた。


「どうした?」


振り向いた土方さんをまっすぐ見る。もう、傷つく準備はできている。


「さっきの話を聞いて埋め合わせしてくださるなら、大丈夫です」


「あ?」


「あれは私の一方的な気持ちだから。だから土方さんが無理に合わせてくださらなくても結構です」


「‥‥‥」


言葉はすらすらと口からこぼれた。悩んでいたはずなのにいつのまにこんなに感情を整理できていたんだろうか。


「本当にそう思ってんのか、」


向かい合う土方さんは両手をポケットに突っ込んでそう言った。タバコの煙がゆらゆら夜空に溶けていく。


「‥4ヶ月、連絡返さなかったことは悪ィと思ってるし、埋め合わせの誘いも俺の意思だ」


「うそ、」


いまさら何を言うんだこのひとは。悪いと思ってるなら謝る前に連絡を返せばいい。


「嘘じゃねーよ、」


ため息混じりにそう言うと土方さんは続けた。


「前言ったろ?でけぇ仕事があるって」


それは4ヶ月前、最後に会ったときに言っていた。話せないこともあるだろうから、詳しくは聞けなかったけど。


「指名手配の攘夷浪士の検挙だったんだが、そんときに斬られてな‥かっこ悪ィけど入院してた」


「えっ‥」


自分の中で溢れていた感情がサーッと引いていくのが分かった。斬られて入院してた?


「意識戻ったはいいが、携帯は死んでた」


私が悩んでいた間、土方さんは入院していた、しかも意識を失うほどの。だから体もこんなに痩せてるんだ。


「おまえの連絡先知ってるやつ他にいねーし、考えたらおまえの職場とか家とか知らなかったからすぐ会いに行けなかった‥つーわけだ」


まぁ言い訳か、と付け足す土方さんは困ったように微笑んでいた。


「‥っ」


そんな、こんな展開になるなんて。わたしたちはただ単にすれ違ってただけで、土方さんからの連絡が来ないのも仕方なかった。それなのに私がひとりで勘違いしてたってこと?


「ごっごめんなさい‥私、何も知らないのにあんなこと言って‥」


泣きそうだった。土方さんにそんなこと言われたら、微笑まれたら、でも私に泣く資格なんてないと言い聞かせぐっと堪える。


「いや、謝んな。会えたらいいとは思っていたが、ここでおまえを見つけたときは驚いた。しかも俺の話してるし」


短くなったタバコを落とし、ぎゅっと踏む。胸が踏みつけられたように苦しい、この4ヶ月でいちばん。そんなこと言わないで土方さん、今度こそ胸がつぶれそうだ。


私はただひとり暴走していただけなんだ。土方さんの状況も知らずに、


「ま、それでも俺がお前に合わせてるっていうなら仕方ねーけど」


眉をくいっとあげた土方さんはそう言って私にゆっくり近づいてきた。私は動けなくて、近づいてくる土方さんを待つように突っ立っていた。


「ごめんなさい、あの私‥勘違いしてたっていうか‥その、土方さんが私のこと面倒がってるんだと思って‥」


どうしよう、見れない。恥ずかしくて目の前の土方さんを見上げられない。


「面倒だと思ってたら、忙しい中埋め合わせしようとなんかしねーよ」


「はい。すいません」


ぺこりと頭を下げるともういい、と頭上から声がした。


「家まで送るから、おまえん家教えろ」


新しいタバコに火をつける音がしたあと、ぽんと、ほんの一瞬だったけど土方さんの手が私の頭を撫でた。


そのぬくもりが痛いほど胸に染みた。もう堪えきれなくて、感情を抑えられなくて、


「うぅっ、」


あたたかい涙が頬を伝った。下を向いたまま、口を両手で押さえる。涙がぽたぽたと落ちて地面に黒い斑点を残していく。


「おい、何で泣くんだよ」


明らかに慌てている土方さんを気にせず私は泣いた。4ヶ月ぶんの感情が蓋を切ったように溢れて止まらなかったんだ。





「落ち着いたか?」


とても泣いた、泣き続けたせいで喉は乾き、目は腫れ、いまさらだが土方さんに見せられる状態ではなかった。思いっきり見られてるけど。


「はい、お騒がせしました」


「ったく。どうしたらそんなに泣けんだよ」


安心したのか新しいタバコに火をつける土方さん。ライターを持つ手を見て、この手が私の頭に触れたと思うとどうしようもなく嬉しく、幸せな気分になった。


「ほらよ」


ふーっ、と大きく煙を吐き出した土方さんがポケットから自分の携帯を取り出して私に渡した。私はわけがわからないままそれを受けとる。



「くれるんですか」


「アホか。おまえの連絡先入れろってことだよ」


そう言った土方さんの顔が赤くなっているのを、私はもっと赤い顔で見つめているんだろう。


「はっ、はい」


名前、090‥


バクバク緊張しながら一文字一文字ゆっくり打つ。これってまた連絡ができるってことだよね?
電話とかメールしてもいいんだよね?


「‥ドウゾ」


保存を確認した私は携帯を土方さんに返す。


「よし、帰るぞ」


心なしか満足げに見えるその表情。土方さんが歩き出す。後ろ姿もかっこいいなんてずるい。


「あのっ、土方さん」


「あ?」







(今日からまたはじまるふたり)
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