冬空の下、いつものように屯所の広い庭に隊士たちの制服を干していく。朝からどんよりした曇り空が広がっていてどことなく気分は下がり気味である。洗濯物を干し終わったら廊下の雑巾掛けをしなくちゃいけない憂鬱感もあるし、もうすぐやってくるバレンタインに向けて隊士のみんなが気持ち悪いほど優しくてニコニコしているのも気にくわない。
パンパンッ…!
カゴに入った白シャツを乱暴に広げてハンガーにかける。あーイライラする。私がチョコを食べたい気分だ。
「おい灰かぶり女、その白シャツ誰のだと思ってんでィ。もっと繊細に扱え」
次の洗濯物に手を伸ばそうとすると、こちらに近づいてくる足音。
「沖田隊長…灰かぶり女って何ですか」
「シンデレラって灰かぶり姫って言われてるだろィ?」
「…じゃあ素直にシンデレラって呼べばいいんじゃないですかねぇ…!」
沖田隊長は平然とした顔でマジクソ発言をするので、彼と絡むときは私の人格さえも崩壊するときがある。
「いやァ、お前のみすぼらしい後ろ姿見てたら舞踏会どころかドレスも似合わねぇだろうなと思ってよ。ガラスの靴履けたとしても体の重さで割れちまって足怪我しまくればいいのにねィ」
…んぐぅううう!めっちゃウッゼェエ!食いしばる歯と握りしめた拳が痛む。沖田隊長を負けたボクサー並みにパンパンに怪我させてやりたい。間抜けに見えるように前歯折ってやりたい。バズーカ撃てないように両手踏み潰したい。
「何しに来たんですか。仕事の邪魔するなら私も容赦しないですからね、イライラしてるんで」
ただ、力技で沖田隊長に勝てないことは分かっている。それに私だって子供じゃない、沖田隊長にいちいち相手にしてたら逆に漬け込まれるだけだ。こういうのには相手にしないのが一番だ。止まっていた手を動かして洗濯干しを再開。沖田隊長は黙ったままこちらを見ている。
「…もうすぐバレンタインだろィ?優しさキャンペーンの営業でさァ」
タオルを物干し竿にかけていると、沖田隊長が口を開いた。そんな堂々と恩着せがましいこと言うやつにチョコなんかあげたくないんですけど。何が営業だよ、ただのサボりだろーが!しかもどっこも優しさ感じられないけど。
「まぁ俺はバレンタインより節分の方が楽しみだけどねィ」
「節分ですか?」
冷えた手先で洗濯物を干しながら、沖田隊長との会話は続く。モテる男はバレンタインなんてそこまで大事じゃないってことかな、山崎さんら辺が言ったら袋叩きになるだろうか。あ、山崎さんはそこまでモテる男じゃなかったな。失敬、失敬。
「豆まきとかスッキリするしな。とくに嫌な上司に投げつけたりすると」
「あーそういえば去年の豆まき、沖田隊長は副長しか狙ってなかったですよね。去年は鬼役誰でしたっけ?」
「あ?去年の鬼役…?誰だったっけかねィ?鬼のお面被ってっと誰か分かんねぇんだよなー」
「えっと…局長でしたっけ?」
「いや、近藤さんはたしか仕事で警視庁行ってたから不参加で夜遅くに一人で豆食ってた」
「…え、そうなんですか」
「今年は参加できるからってノリノリで豆買ってたぜィ」
「あははは!局長のそういうところチャーミングですよね」
攻撃性がなくなった沖田隊長との会話に、さっきまでの私のイライラも低くなっていく。ここ数日続いている他の隊士たちからのチョコくれアピールにうんざりしていたから、沖田隊長の節分の話は新鮮で楽しい。
「そういえば今日は節分でしたね、夕飯は恵方巻きが出るって今朝言ってました」
「そんでもって、今日の廊下の雑巾掛けお前だよな?」
「……?そうですけど」
洗濯物を干し終わり、空になったカゴを持つと沖田隊長がポケットから豆まき用の豆が入った袋を取り出した。そしてニヤリと微笑む沖田隊長に、私の本能が嫌な予感を捉えた。
「ちょっと、沖田隊長?気が早すぎませんか?豆まきは夜ですよ?しかも今年の鬼役は原田さんですよね?」
ジリジリと迫り来る圧迫感に後ろへ下がるしかない私に沖田隊長は変わらず嬉しそうにニヤニヤしている。
「誰が名前にぶつけるって言ったんでィ?いくら豆まきだからって女に豆投げるほど俺はひどい男じゃねぇだろィ?」
「いや、どの口が言ってんですか」
豆なんかマシだ。今まで沖田隊長にどれだけひどい仕打ちを受けたと思ってるんだよ!
「もう一度聞く、今日は何の日だ」
ビビる私に沖田隊長が問いかける。
「…節分です」
「廊下の雑巾掛け当番は?」
「…私です……ってあ!」
誘導尋問のような会話の途中でハッとしたときにはもう遅かった。沖田隊長が庭を走り去り、屯所に上がると
ジャァアアア……
直線の長い廊下を走りながら持っていた豆を撒き散らし始めたのである。バタバタと走り回る足音プラス豆の落ちる音が屯所内に響き渡る。
な、な、何しとんじゃァアアア!!
屯所で行う豆まきは後片付けの大変さを考慮して毎年庭で行う。
だが私の立っている庭には豆は一粒も落ちていない。豆は屯所の廊下、さらに言えば私が今から雑巾掛けをする廊下。
「おい!総悟!てめぇ何やってんだァアアア!」
騒がしい音を聞きつけて、自室から副長が出てきた。そして目の前に広がる光景に迷わずキレた。それでも沖田くんは気にせず豆を巻き続けている。長い廊下の突き当たりまでたどり着いたので終わったのかと思えば、振り返り来た道をまた走り出す。
「ギャアアァア!沖田隊長ォオオ!豆!豆が潰れてるぅうう!」
豆を撒き散らした道を戻るということは当たり前に沖田隊長は豆を踏む。となると豆たちは潰され粉状になってしまう。茶色いはずの廊下がところどころ白くなっている。潰れた豆だ。
「(それ片付けるの誰だと思ってるんだァアアア!)」
メラメラと怒りがこみ上げてきて、ブチッと私の何かが切れた。そしてそれは土方さんも同じらしい。ほぼ二人同時に沖田隊長めがけて走り始めた。
が、
「ふっ、がァア!」 「うっ、わァア!」
なぜか踏み込んだ足元がズルッと滑って、私はバランスを崩してその場に尻餅をついてしまった。ズドンとお尻に衝撃と痛みが走り顔が歪む。
「…いっ…た」
尻餅をついたときに土がついた手をはらいながら、土方さんを見ると土方さんも廊下に座り込むように倒れてるではないか。
「…ふ、副長!?」
おかしい!2人そろって転ぶなんておかしいぞ!と思って地面を見ると、足元にはいくつものビー玉が落ちていた。え、ビー玉?
「豆蒔いたところで、逃げる気弱な鬼なんか敵でも何でもねェんで。ほら、二人とも仕返ししてェなら立ってくだせェ」
「「沖田ァアアア!!」」
潰れた豆が撒き散らされている廊下の真ん中で余裕しゃくしゃくと手招きした沖田隊長に次の瞬間、私と副長がビー玉を投げつけたのは言うまでもない。豆だけだと思ったらいつの間にこんな細工してたんだ…!
それと、今年の沖田隊長に渡すバレンタインは割れたガラス入りチョコレートにしてやる。口の中大出血しろ。
捕まえれるもんなら、 (捕まえてみろってんでィ)
|