久々の非番、降り注ぐ日差しを浴びながら自室の襖を全開にして畳に寝っ転がる。


今日は一日中快晴らしい、あたたかい太陽が昼寝をしている照らしてじんわりと体に温もりが伝わった。


「‥‥‥」


時折、小鳥の囀りや誰かの足音が遠くから聞こえるのもまた落ち着いて、これが平和というものなんじゃないかと思うほど、心地よい時間。


「さーがーるー」


目を閉じて眠りの世界へ堕ちていた俺を呼び覚ましたのはこれまた、俺にとっては落ち着く声で。正直このままその声を聞きながら眠りたいなぁと思った。


「おはよう」


「‥うん、おはよう」


目を開けると俺を覗き込む名前ちゃんの顔が視界いっぱいに広がっていた。意外にも距離が近くてドキドキしたことは内緒だ。


「退、これ一緒に食べない?」


彼女の差し出した皿には黒く熟れたアメリカンチェリーがたっぷり乗っていた。よく見る可愛らしいピンクとか赤ではなく黒、艶々と光沢のあるそれはとても美味しそうだ。


「もらおうかな」


そう言うと名前ちゃんはニッコリ笑って、俺の隣に腰かけた。ちょこん、と座る彼女は隣の俺と比べるとかなり小さい。よくこんな小さい体で女中の仕事頑張ってるなぁと感心していたら、アメリカンチェリーを一粒渡された。


「親戚がね、送ってくれたの」


手のひらに乗ったそれはとても冷たくて、口に運ぶともっと冷たくて、果肉は噛む度甘い。


「うん、おいしい」


「ふふ、でしょう?いっぱいあるから食べてね」


そう言って彼女もアメリカンチェリーを二粒、口に放り込んだ。その仕草も欲張って頬が膨らむのも可愛いかった、小動物みたいで。


「あ、そういえばこれできる?」


しばらくアメリカンチェリーを堪能した頃、名前ちゃんがアメリカンチェリーの実にくっついているへただけをプツンと切って俺に差し出した。


「このへたを口の中で結ぶの、」


「口の中で?」


こくんと頷く名前ちゃん。昔、友達との間で流行ったらしい。彼女いわく結構有名らしいけど俺は初めて聞いた。口の中でこれ結べるの?


「やってみて?」


渡されたへたは思ったよりも固くて、舌にのせると一気に不自由になった気分になった。一生懸命舌を動かしてみるけどなかなか言うことを聞いてくれない。


「ふふふ」


へたひとつに奮闘する俺を見て楽しそうに笑う名前ちゃんはアメリカンチェリーを食べ続けている、


「あー!ダメ、難しいよこれ」


しばらく頑張ったけど、へたは曲がるだけで上手く通して結ぶなんて出来なかった。


ペッとへたを出してくずかごに入れる。すると名前ちゃんが無言で俺の肩を叩いた。


「ん?何‥ってえぇ!」


彼女は俺に舌を出していて、その舌の上には綺麗に輪が出来たへたが乗っていた。


「すごっ!え、どうやってやったの」


得意なの、と笑って同じくへたをくずかごに入れる名前ちゃん。俺は素直にすごいと感心していた。


「これ出来ると、キスがうまいんだよ」


「‥きっ」


得意げに二つ目のへたを結ぶ彼女。キスが上手いって‥嘘でしょ。果物なんかでキスの上手い下手が分かるわけない、だから俺は別に下手なんかじゃないぞ。


「ねぇねぇ、試してみる?」


「は?」


「私のキスが上手いか、試してみる?」


「‥‥‥」


さっきまで小動物のように可愛かった彼女が女豹のような強い視線を俺に絡ませてくる。


「名前ちゃんそれ、狙ってた?」


「ふふっ、内緒だよ」


いたずらっ子のように笑う名前ちゃんの唇に自分のそれを重ねることに迷いはなかった。



上手いキスと美味いキス
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