「名前?」
バイトの休憩時間、コンビニで昼食を買ってその足で近くの公園にやってきた。今日はすごく良い天気でポカポカなのでここで休憩しようと、買ったサンドイッチを食べながらこれまたコンビニでもらってきた求人誌を見る。
時給いいとこないかなーなんてバイトを探していたら上の方から聞こえたその声。この気だるい声だけで思い浮かぶのはたった1人、
「銀ちゃん、」
予想通り、坂田の銀ちゃんがいちご牛乳を飲みながら目の前に突っ立っていた。
「理想通りだって?いやァ照れるね」
「耳もバグってる?予想通りって言ったんだけど。よ・そ・う」
相変わらず適当なことしか言わない銀ちゃんはまぁまぁと私を宥める。いや何で?
「なになにィ、新しい仕事でもすんの?」
そして図々しく、私の隣へ腰かけた銀ちゃんは私の手元の求人誌を見て偉いねぇなんて上から目線でコメントしてきた。
「銀ちゃんも仕事すれば?ていうかしなよ、一応社会人なんだし神楽ちゃんもいるじゃん」
「一応って何かな名前ちゃん?俺は万事屋だから、こう見えて代表取締役だからね俺」
「うまいこと言い過ぎなんだよ、代表取締役はツケで団子なんか食べないから、ていうか代表取締役じゃなくても普通はちゃんと払ってくから」
銀ちゃんがウチの団子屋で支払いをしているところを見たことがない、この間ちょっと気になってツケの金額を見たら3万越えていて驚いた。団子屋で3万って‥どんだけ溜めてんだこのニート。
「次は払うってー。で、名前は何でバイト増やすの?」
「それ毎回聞くんだけど。何、口癖?」
「バイト何で増やすの?」
「無視かコラ」
ウチの近所物騒だから引っ越そうと思って、引っ越資金いるの、と食べかけのサンドイッチを一口かじりながら求人誌をパラリとめくった。右となりから気だるい視線を感じながらも、私は無視して求人誌に目を通す。
「名前さ、ウチに来ちゃえば」
「はい?」
ふたきれめのサンドイッチに手を伸ばしたのに、銀ちゃんの一言でその手は止まった。
「銀さんとこ嫁げば」
「何でそうなるの恋人でもないのに」
冗談だろうと銀ちゃんを見ると、意外や意外とても真剣なフェイスをしているじゃないか。え、何この空気。
「恋ってのは落ちたモンが負けなの、いちいちステップとか踏んでらんないの」
「何それ告白?」
そうだとしたら夢もロマンもないんですけど、
「名前気づかねぇんだもんなァ、団子屋通いつめたりさーわざわざお前んちの近くのコンビニまで行ったりしてんだよ銀さん」
「それストーカーじゃん、ただの食い逃げストーカー天パのニートじゃん」
「最後のふたついらなくね?」
そんなの気づくわけないじゃん、銀ちゃんが私のことを想ってるなんて。言われなきゃたぶん一生気づかなかった。
私の言葉に心なしか傷ついた表情の銀ちゃん。ちょっと言い過ぎたかな、シチュエーションと言葉のチョイスはあまり良くないけど‥告白してくれたわけだし。私も銀ちゃんのこと、嫌いではないと‥思う。
「銀ちゃん、あの」
何て言えばいいのか分からなくて。急に恥ずかしい気分になった。え、何で?顔が熱いよ。銀ちゃんの顔もまともに見れない。え、これドキドキしてる?銀ちゃんに?
「ん?」
銀ちゃんは少し楽しそうに、うつむいた私の顔を覗き込んで。風に揺れた銀色の髪がふわふわ私の視界で浮いている。さっきまで私の方が余裕あったのに、
「あの‥何て言うか、その」
相変わらず言葉は出てこなくて、この状況をどうしようかと焦っていると、銀ちゃんの顔がだんだん近づいてきて‥
ちゅ、っ
一瞬の出来事。唇に銀ちゃんのあたたかいそれが重なって、銀ちゃんの赤い瞳がすごく近くて、でも全く現実味がなかった。
「‥んっ」
胸のドキドキが急上昇して、さっきから言葉が出てこないと焦っていた口からは熱い吐息が漏れる。
「名前、」
名前を呼ぶ銀ちゃんがとても優しい目をしていて、
「銀さんとこ来れば、社長夫人になれるよ?」
「‥っ」
その目に溺れてしまう音がした、
「ばか、」
この恋の勝ち方を僕らは知らない
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