「うん、大丈夫だって。はいはい」


携帯の向こうからまだ何か声がしたけど、迷わず通話終了のボタンを押した。


退はここ最近、毎晩電話をかけてくる。最近通り魔が多発していて警察関係者である彼は、その目で被害者や事件現場を見ているらしい。おかげで夜は部屋の外に出るなとか外出するときは音楽を聴くなとか、過保護な母ちゃんみたいにあれこれ注意してくる。


女の一人暮らしだし、怖くないと言えば嘘になる。退が心配してくれる気持ちもわかる。けど私の職場は歩いて10分だし毎日5時という比較的明るくて人通りも多い時間に帰れる。このマンションだってオートロックやら防犯カメラで万が一の状況に備えてある。


要するに、退が鼻息を荒くして心配するほど、私は危ない環境で生活していないのだ。ま、そう言っても聞かないからこうして毎晩電話がかかってくるんだけど。


「はー喉かわいた、」


退と喋りすぎて喉がカラカラだ。台所に行くとさっき沸かしたばかりの熱々の烏龍茶、冷蔵庫には牛乳が少し。熱々のは飲みたくないし、でもこの牛乳は明日の朝、コーンフレークにかけるものだ。


あーなんか冷たいジュースをぐびぐびいきたい、腰に手を添えて勢いよく飲み干したい。


「自販機くらいならいいよねぇ、」


退の言葉を思いだし、念のために短パンから長めのスエットに履き替え、小銭と携帯を片手に部屋を出た。


自販機はマンションの駐輪場の横にある。近くにコンビニだってある、何かあればそこまで走ればいい。


外には誰もいなかった。一応辺りを警戒しながら白く光る自販機へと近づく、目の前に立つと明かりが眩しくてたまらず目を細めた。明かりで手のひらの小銭を確認し150円を投入。ぐびぐびいきたいので缶ではなくペットボトルにしようと、スポーツドリンクのボタンを押した。


がこん、


静かな辺りに響くジュースの落下音。さっさと帰ろう、しゃがみこんで冷えたペットボトルを取り出す。そのとき後ろから何か、足音がした。


ざっ、ざっ、


その足音はゆっくりと、でも確実にこちらへ近づいていた。


「いい?犯人は刀で一発、相当キレるやつだ。そこらの人間じゃ抵抗すらできない」


退の言葉が頭を駆け巡る、手に握るペットボトルの冷たさが指先へも伝わり、背中に寒気が走る。やばい、どうしよう。


ざっ、ざっ、


‥怖くて動けない。


ざっざっざっ、


足音の速度が早くなって、すぐ後ろに気配を感じたときに思い浮かべた退の顔。


‥もうダメだ、退ごめん!私先に逝「あの、すいませんそんなとこで何してるんですか?」


目を閉じて覚悟していると足音の主であろう者が私の真後ろで声を発した。だがその声にギャアァア!と声をあげようとしていた私の思考回路が止まった。


「さ、さがる‥?」


ぱっと振り返り、見上げた視界には辺りと同じ色の隊服を着た退が立っていたのだ。


「名前!」


私だと気づいた退の豹変はすごかった。いつも地味な顔がキリッと完全に怒りモードに変わった。


「何してんだよ!」


いきなりの怒声に私の肩が揺れる。通り魔よりこえーよ、般若のような顔で退はもう一度何してんだ!と声を張り上げた。


「‥え、いや。退にジュースあげようかなーって。はは」


「はは。じゃねぇよ!外出るなって言ったろ!まだ犯人は捕まってないんだ、何考えてるんだよ!」


私を見下したままの退は怖かった、いつも優しい退は1パーセントもいない。リアル鬼の形相を見た気がした。いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「ごめん、退と電話して喉乾いちゃって‥ごめん、本当」


こんなに退が心配してくれてたのに、私は適当に聞き流して自分は大丈夫だって‥甘かった。退がこんなに怒るまで気づかなかった。


「はぁーもう!そんなの家にあるもんで我慢するか俺に電話してよ、どんな度胸してるんだよ」


そういえばさっき退、電話でウチ来るって言ってたわ。いかに自分が適当に電話をしていたか、申し訳なくなった。


「はぁ‥マジで心配させないで。お願いだから」


ため息混じりに呆れたような口調の退。でも腰を下ろして私の冷たくなった手を優しく握る表情はいつもの、優しい退だった。


私は小さくうなずいて、退の手を握り返す。


「‥帰ろう」


「それをきみが言うの、」



なんかキレたら俺も喉乾いてきた

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