「名前‥!」


あの日から3日後、仕事へ行く電車の中で銀時に会った。別れてから一度も会わなかったのに、どうして今になってこうも会うのか。3日前の出来事が蘇る。


一度、合った目を逸らして私は違う車両へ移動した。通勤ラッシュ中の電車内で人混みに隠れながら移動できたのは幸いだった。これじゃあ銀時も追っては来れない。


降りる駅までは違うだろうと思い、でも少し警戒するように降りる駅を待った。とにかく今は銀時に会いたくないのだ。


「名前!」


だがしかし、駅を降りて早々と階段を降りていると自分の名を呼ばれた、間違いなく銀時の声だ。思わず足が止まる。


周りの人々は立ち止まる私をチラリと見ながら階段を降りていく。私も早く降りよう、振り返っちゃダメだ、そう思って進もうとしたとき。


ばしっ、


後ろから腕をつかまれた、熱く、乾いた手だ。


「離して、急いでるんだけど」


腕を振りほどこうとしても無理だった、下を見ていた私の視界に黒いブーツが入ってきた。


「何でそんなに避けるの、俺のこと」


「めまい吐き気頭痛寒気がする」


「風邪の症状みたいに言うな」


「じゃあキモい」


「じゃあって言ったわりにはあんま変わってないけど」


そこで初めて私は顔をあげて銀時を見る。珍しく寂しそうに微笑んでいた。


「そんなに嫌い?」


いや、違う‥銀時は前から寂しそうだった。いつだって、どこか孤独を抱えているように見えて、でもそこに踏み込ませてくれない。


「今戻したら、3か月前自分で決めたことに後悔する。銀時には悪いけど今はその気持ちには応えられない」


そんなところが、私は悲しかった。付き合ってるのに本当の銀時を見ていない気がして、怖かった。きっと銀時は誰といたって孤独と戦ってるんだと。例え彼がそう思っていなくても。だから私は彼の前から姿を消した。銀時からのサヨナラに耐えられそうにはなかった。


「今はってことは、いつかはあんのか」


「わかんない。たぶんない」


「何だそれ分かんなくねーじゃん、」


銀時が諦めたように手を離す。だらんと私の腕が揺れて自由になった。階段にはもう誰もいなくて、反対側のホームに電車が近づく音が聞こえた。


「こんなに拒絶されると思わなかったわ」


「逆にいけると思ってたわけ?」


銀時はあーあと髪をかきむしった。3日前と違って髪の量が少ない、散髪したのか。


「でも、手に入らねーモンほど手に入れたくなんだよ」


「かわいそうだけど一生手に入んないよ」


じゃね、と言い残し階段を素早く降り始めた。仕事にはまだ遅刻しないと思うけど、早くこの場を立ち去りたい。


「名前!」


最後の数段で銀時の大きな声が私の足を再び止めた。ゆっくり振り返ると銀時は続けた。


「トモダチから始めるってのは?」


「友達?」


「そ、友達なら変なことナシだし?」


それをお前が言うか、と言いたかった。でも彼は本気らしい。そこまで私といたいなら付き合ってるときにもっと大事にしなさいよ。


「考えとくー」


折れた、のかもしれない。別れたと言っても一度は付き合っていたのは彼に愛があったからで、その愛がもう完全にない、わけでもなかった。


ヨリは戻さなくても友達くらいならいいかもしれない、


「あいつ、いつの間にあんな大人になったんだっつーの」


銀時の独り言は聞こえなかった。







でも他人になるほど僕らは強くないよね

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