かきくけコーラックはいりません
>


「何であんたがコロッケ食べてるんだい、盗み食いキャラは沖田くんだろう」


「‥今あいつの名前出さないでくれる!?」


店に帰るまで悲しかった気持ちは、どんどん怒りへと変わり最終的に食欲というものに収まった。いや‥収まったからと言って良いわけではない、怒りはまだたっぷり残っている。私はショーケースに並ぶ冷めたコロッケにかぶり付きながら込み上げる負の感情を飲み込んだ。


悲しくて、ムカついて、でもどうすればいいのか分からないんだもん。あぁ、このまま食べることしか紛らわすことがなくなって超太ってモノホンのメス豚になったらどうしよう。沖田がメス豚とからかえないほどの完成度が高いデブが出来上がったらどうしよう、


「そんなに一気に食べて気持ち悪くなっても知らないからね、」


暴飲暴食に走る私を横目に、揚げたてのコロッケを並べていくのり子さんはため息混じりでそう言った。のり子さんが台所に戻ったのを確認して揚げたてのコーンコロッケに手を伸ばした。良いもん、夜ご飯控えれば。そう思い込んでサクッと良い音のするコロッケを咀嚼。まだイライラは収まらない。


‥‥‥


‥‥





「うぇ‥は、吐く‥!」


「だから言っただろう、馬鹿だねぇ」


妊婦ですか?とでも聞きたくなるようなお腹が悲鳴を上げ出したのは夕方のこと。日頃からたくさん食べる方ではないのに一気にコロッケを平らげたせいで気持ち悪さがお腹から込み上げていた。


「沖田くんと何があったかは知らないけど、そんなに肥えて私にとられたらどうするんだい」


「何でのり子さんが恋のライバル!?つーか年齢差を考えなよ、息子レベルでしょうが」


「若い男はあんたみたいな小娘より、熟した年上の方が魅力的に見えるってモンよ」


ふふふと意味深に笑うのり子さんに思わず顔がひきつる。どんな持論だ、ていうかのり子さんには言えないけど今の沖田は子供だからもう息子じゃなくて下手したら孫レベルなんじゃないの、グランドマザー的なポジションなんじゃないの。


「「「あ、マナねぇちゃん!」」」


のり子さんの怪しい笑みを見ながら腹痛に苦しんでいるとお店の扉が開いて三人組が入ってきた。一気にお店が賑やかな声で溢れる。今日はどのコロッケ買ってくかなと思いながらショーケースの扉を開ける、うげ‥コロッケ気持ち悪い。


「マナねぇちゃん、見てよこれ!うらやましいでしょー?」


お腹をさする私に一平が何かを差し出してきた。胃腸薬か?胃腸薬ならたしかに羨ましいぞ。そう思いながら一平の手のひらに乗った"何か"を見る。


「‥なにこれ」


「えぇー!虫王(ムシキング)のレアキャラ金色クワガタだよ!」


「知らねーよ」


くっそてめぇ一平、こちとら腹痛で苦しんでるときに現実離れした虫なんか出すんじゃねぇよ。


「せっかくマナねぇちゃんにあげようと思ったのに」


「良いこと教えてあげる、私はいま金色のクワガタより胃腸薬が欲しいの」


痛みで嫌な汗がじんわり額に滲むのを感じながら、フルフル表情筋を震わせて笑うと一平がお腹痛いの?と首をかしげてきた。


「どうせ一平みたいに食べ過ぎたんじゃねぇの?」


心配する一平をよそに佐吉が憎たらしい笑みを浮かべながらこちらを見上げる。っく…!何で分かってんだこいつ!


「それならゆっくり休んだ方がいいよ、これあげる」


私の腹痛事情を知った龍之介が懐をゴソゴソ探って小粒のアレを私に差し出した。ま、まさか胃腸薬?龍之介…やっぱりあんたはできた子だよ、将来絶対ビックにな「はい、ピンクの小粒、コーラック♪」


「ウ○コ刺激してどうすんだアァァア!」


差し伸ばした手をそのまま龍之介の頭へ持っていきできる限りの力で叩いた。何だお前ら!人を心配する優しい心は持ってないのか、あぁん?だいたい何でコーラック持ってんだ龍之介は!


「‥っぐ!もう無理、ぃ」


そのときフッと私の中の何かがざわついて冷や汗がジワッと吹き出した。や、やばい‥!と思い慌てて三人の前から消えてトイレへ急いだ私を、彼らがどう見ていたのかは知らない。だって私はそれどころじゃない、かきくけコロッケ食べたときでもこんな酷くなかったぞォオォオ!


「ふー‥少しはマシになった気がする」


数分後、少しスッキリして回復した私はトイレから出てお店に戻ったのだけど、三人はもういなくて店内はシンとしていた。せっかく来てくれたのにあんまり絡めなかったなぁと思っているとショーケースの上に何やら金色のものが置いてあることに気づいた。金色ということは恐らくアレだろうとおおよそ予測をつけて近くで見るそれは予想通り、一平が自慢してきた虫王のクワガタ。


「忘れたのかな‥レアキャラなら大事にしなよ‥ん?」


何かにつけれるようストラップになっているクワガタのそばに一枚のメモが添えてあった。メモには"ズッコケよにんぐみのあかしだよ!だいじにしてね、あとおなかおだいじにね"と汚い大きな字でそう書いてあった。私は目をぱちくりさせながら、このクワガタは自分に贈られたものだと理解した。


「いや、でもいらない‥何でクワガタ?」


ただの虫王同好会みたいになってるけど、勝手に虫王参戦してるみたいになってるけど。


「まぁ、でも‥つけるか」


レアキャラをくれるのは光栄だ、三人の可愛らしさはまだまだ健在だなと思いながら携帯を取り出してクワガタストラップをつける。一見、クワガタには見えない。メモに書かれた"ズッコケよにんぐみ"の言葉に自然と頬がほころぶ。さっきより穏やかな気分だ、色々な意味で。


ストラップが増えた携帯。沖田からもらったネームキーホルダーと金色クワガタを少し揺らせながら、静かに息を吐き出した。


「沖田も、可愛げってモンがあればなぁ」


帰れ!と拒絶されたときの大きな声と沖田からもらったキーホルダーの鈴の音が、静かな店内に消えていった。




前へ 次へ

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -