いなくなって分かったこと
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「沖田くん元気だったかい?」


家へ帰るとお母さんが台所で晩御飯の支度をしていた。何気なく聞かれたその質問は脱け殻状態の体に重く突き刺さる。


「うん、元気だったよ」


元気だった、うざいくらい元気だった。いや‥実際うざかった。私のことなんか忘れちゃってドタバタ走り回って、私じゃない女の子に抱きついて。バカなくらい元気だった。


「はぁ、何でこんなことになるの‥」


修行が終わってせっかく戻って来たのに、一番会いたかった沖田は子供の姿になって記憶も消えてしまって。どこに今の感情を吐き出したら良いのか分からなくてため息だけがこぼれる。


「最近、真選組から宅配の電話あんまりないから心配してたんだけど元気なら良かったよ」


店ではのり子さんが料理をしていた。お母さんが退院したので以前のように毎日店番をしなくても良い私は今日休みをもらっている。だが暇そうな私を見てのり子さんは揚がったコロッケを出してきてくれとバットに入ったコロッケを渡してきた。


カラカラ‥


とくにすることもない私は揚げたてのコロッケをショーケースに並べていくけど、頭は沖田のことしか支配していなくて静かな店内がこれまた虚しい。もしかしたら、もう沖田がうちにコロッケやお弁当を買いにくることはないのかな。ふと浮かんだ可能性に心臓がざわつく。


いつの日か沖田がお店を手伝っていた時間がフラッシュバックして、静かな店内にあの憎たらしい声がこだまする。着せられ感満載の青エプロン姿でいつもやる気を見せずにお店のはじにあるパイプイスに腰かけてたっけ。


壁に掛かるカレンダーの横には商店街の夏祭りでもらった写真が飾ってある。懐かしい沖田の姿、無愛想な表情がやたらと胸を締め付ける。


私はどうすればいいんだろう。このままこうして沖田の残像に胸を痛ませながら待てば良い?私を知らないクソッタレ野郎の沖田に会いに行けば良い?


昨日までは江戸に帰ってきたことが嬉しくて、前のようにまた楽しくて騒がしい毎日が始まるんだって期待してたはずなのに。サプライズでみんなを驚かせてやろうなんて張り切ってたのに。


「(こんなの‥逆サプライズも良いところだバカタレ!)」



何?子供の姿に戻る江戸川粉って!何?記憶喪失って!私の知らないことばかりが忙しく起こって私を置いて時間だけが流れていくのが切なくて怖い。


カラン、


コロッケをショーケースに移し終えたまま、ボーッとしていた私の耳に入ってきた来客を知らせる音がして反射的に立ち上がり笑顔を作る。


「‥久しぶりだな」


「ひ、土方さん!」


店に入ってきたのは土方さんだった。急に立ち上がった私を見て少し驚いていたけどすぐにフッと笑った。さっき屯所に行ったときは見かけなかったので会うのはとても久しぶりだ。


「近藤さんに帰ってきたって聞いてな、今日は店番か?」


煙草をくわえながらこちらに近づいてきた土方さんは妙に優しいというか悲しそうに笑っていて、もしかして私に同情してくれてるのかなと思った。近藤さんに聞いたのなら、沖田のことを私が知ったことも知っているはずだ。


「今日は休みです、今はたまたま手伝っていただけで」


「そうか、じゃあ今から外出れるか?」


土方さんは外で待ってる、と言って静かに店を出ていった。きっと沖田のことを話すんだろう、これ以上何を聞いても今の私にはグサリと深く刺さるだろう。でも、それでも今の私は誰かにこの感情を知ってほしかった。辛いのは自分だけじゃないと分かっていても、一人では無理だった。


‥‥‥


‥‥





土方さんと歩いてやってきたのは商店街を抜けてすぐのところにあるファミレス。土方さんは入店早々禁煙席で、と店員に告げたので私は驚いた。すぐさま気をつかわなくてもいいですよ、と言おうとしたけど店員に案内された窓側の広い席へさっさと座ってしまったので私も渋々そのあとへ続いた。


「良いんですか、煙草。私喫煙席でも平気ですよ?」


スカーフをゆるめる土方さんの口に煙草がないのが不自然に見えた。普段は眼鏡をかけている子が外したとき並みの違和感がある。


「いや、今日はいい。それに今は煙草吸ってる場合じゃねぇだろ」


意味深に言いながらこちらを見る土方さんに胸がどきっと跳ねた。逆に「煙草吸わねぇとやってらんねぇよ」的な感じにはならないんですかね?と思いながらも手持ちぶさただったのでメニューを広げる。


「皮肉だな、」


土方さんが背もたれに体を預けながら呟く。とくに食欲もない私は適当にペラペラとメニューをめくっていた手を止めて土方さんを見上げる。


「…何がですか?」


「お前と前にもここのファミレス来たことあったろ?総悟がお前の店で働いてたときに、被害者の会だ何だでウチの隊士集めて」


「あー‥ありましたね、そんなことも」


言われてみればそんなこともあった。あのときは沖田がウザすぎて本当に毎日死ねばいいのにと思ってたな。本当イライラして毎日牛乳でカルシウム摂っても追い付きやしないくらいだった。


「あのときは沖田のこと抹殺してやりてェとか何とか言ってた藤堂が総悟でそんなに落ち込む日が来るたァな、」


「‥‥‥」


懐かしむように土方さんが静かにそう言った。私は何も言い返せないまま、土方さんも思い出しているであろうあの頃を思い出していた。


沖田が憎たらしくメス豚と連呼していたあの頃を、


毎日喧嘩をしてイライラしていたあの頃を、


…それでも楽しかったあの頃を。


「土方さん、沖田‥ちゃんと帰ってきま、すよね?」


メニューをつかんだままの手は少し震えていた。うまく声に出ているか不安だったけど、土方さんにはちゃんと聞こえてたらしい。


「帰ってこねェと困る。あんな手のかかるクソガキは御免だ。うるさくて毎日休まらねェったらねぇよ。まぁ前とあんまり変わんねェけどな」


土方さんの切れ長の目が細くなって、薄い唇が小さく弧を描く。その表情は前も見たことがあった。悲しきかな、このファミレスで沖田のことを話しているあのときに。


「お前は総悟の全部を知ってるわけじゃねェだろ。復讐なんざする前にヤツを他の角度から見てみろ、少なくとも憎たらしいだけのヤツじゃねぇぞ?」


あの頃は、こうなることなんてこれっぽっちも思ってなかったのに。乾いた心が笑う、虚しく笑う。


毎日喧嘩ばかりでいい、メス豚だって何回も言えばいい、何なら指だって折れてもいい。それでもいい‥あの頃に戻りたい。


「土方さん、私‥自分が思ってたより沖田がいないと調子狂うみたいです」


「‥奇遇だな、俺もだよ」


そう言って窓の外を見た土方さんの横顔は、とても寂しそうだった。


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