子どもに懐いてもらうのは難しい
>


「治療も解決法もまだ分からない、それくらい情報が少ない薬物なんだ。マナちゃんにも迷惑かけると思うが、よろしく頼むよ」


「‥はい」


近藤さんから沖田のことを一通り聞いたあと、最後にこのことは内密にと言われた。そうか‥こんな大事件が公に広がったらとんでもないもんな。まぁまだ自分の中で整理しきれていないから他人に話すことはできないし、仮にしてしまったとしても誰も信じてくれないだろうけど。


「おいめすぶた!」


近藤さんたちに別れを告げて、今日のところは帰ろうと屯所の廊下を歩いているといきなり曲がり角から沖田がやって来た。あ、と私が反応する前に沖田がメス豚発言。あぁ、これ(目の前の子供)が沖田なんて信じられないけど‥こういうところは変わってないとなると苦しい。相変わらずうざいけど、懐かしくて苦しい。


「めすぶたじゃない、藤堂マナっていうんですぅ!」


記憶喪失ならもちろん私のことは知らなくて、それなのにメス豚ってどういうことだコルァ、と今の沖田に私の名前を教えながら小さな頭をぐりぐりと拳で押さえつける。離せぇ、と言いながらジタバタする沖田。けっ、それで反抗しているつもりか、所詮お子ちゃまだ。せっかくだから今まで溜まってた鬱憤をここで晴らしてやろうかなと思っていると、


「あー!総悟くんいた!」


怒った女の子の声がして。呼ばれた沖田はもちろん、なぜか私まで動きを止めて声のした方を見る。するとすぐ目の前に腕を組んだ女の子がこちらを見ながら立っていた。歳は私と同じくらいだろうか、屯所に女の子がいるとは思っていなかった私は驚いて何も言えないまま女の子をただじっと見つめていた。


「いっ、だァア!」


その隙を狙ったかのように沖田が私の元から離れて(ついでにお腹を蹴られた)その女の子にしがみつくように抱きついた。子供の足蹴りレベルじゃなかったぞ‥というお腹の痛みと、沖田がどうもその女の子に懐いているような光景に私はさらに何も言えなくなった。心臓が嫌な音を立てて律動を開始する。


‥沖田、何してんの?


「あの、大丈夫ですか?」


子供だからしょうがない、記憶がないから仕方ない。そう思えば何も感じないはずなのに私には無理で。姿は変わっても、私の好きな‥沖田総悟には変わりないから。例え沖田が私を知らなくても、それでも平気な顔をして誰か抱きつく沖田の姿を見れるほど私の心は強くなかった。


女の子は眉をひそませとても心配そうに、うずくまる私に声をかけてくれて。お腹の痛みはもう感じない、そんなことよりもっと痛い、胸をえぐる現実が目の前にある方が辛い。


ていうか何で沖田、私に懐かずに知らない女の子に抱きついてんの?一応お前、私のこと‥好きだっただろーが!悔しさと悲しさ、虚しさが押し寄せて。小さな手で女の子にしがみつく沖田はこちらを睨むように見ていて。


あぁ、私の知っている沖田はこの世界にいないんだと思った。それは心にしっくりとはまり、音を立てずに私の奥深くへ沈んでいく。


私の知っている沖田なら、知らない女の子に抱きついたりしない。私が苦しむ姿をその目で見ながら笑うはずだ、私にやり返す暇を与えないほどいじめてくるだろう。


「このめすぶたがいじめた!」


他人に助けを求めたりしない、自らの手で静粛するから。第一いじめられた、なんて思わない。こんなの沖田にとっては痛くも痒くもないはずだ。


‥私の知っている沖田は、そういうやつだ。


「あの、藤堂さんですよね?近藤さんや土方さんから聞いてます」


「え、あっ‥そうですか」


女の子はわざわざ頭を下げて挨拶をしてくれた。まさか私を知っているとは思わなかったのでびっくりした私は条件反射で頭を下げた。その間も沖田は女の子から離れようとしない、


「私、ミツと言います。ここで女中してます」


「…はじめまして‥藤堂マナです」


控えめに自己紹介をしたミツさんは、ふわりと笑った。私にはない柔らかい笑顔に心が震えると同時に笑い返せない自分がいる。


「あ、でも今は総悟くんのお世話係っていうか、ほら‥見ての通りすっごく元気だから傍で見てないと危ないんで」


そう言ってミツさんは沖田の頭に手を乗せた。手の重みで沖田の前髪が目を隠す。さりげないこと、気にしなければいいこと。


でも、悲しい。私でさえ、沖田に簡単に触れられないのにずっと離れて生活していたのに。彼女はいとも簡単に私の密かな願いを実現している。嫉妬なんて、してる場合じゃないのに。


「あの‥記憶が戻るって私も信じてるんで、また会いにいつでも来てください。総悟くん、元の姿に戻るまでは外出禁止されてるんで藤堂さんが来てくれたら喜びます、ね?総悟くん」


「よろこばない!ばーか!」


ミツさんの横で舌を出す沖田。っぐ‥!本当うざいなこのガキ!何でこんなやつのこと心配してたんだ私。子供になったなら少しは可愛げがあってもいいじゃん、何で余計憎たらしくなってんの。


そしてミツさんのまた来てくださいという彼女なりの気遣いが余計に苦しい。総悟って呼んでるのも良い気持ちはしない。


あぁ、私こんなに性格悪かったっけ?沖田のこと言えないじゃん。


「おい沖田てめぇ大人を舐めてると痛い目遭うからな!」


とりあえず沖田がムカつくので、やつの頭にげんこつを落とす。私の気持ちも分からないで、勝手にこんなことになって。


私の居場所は、沖田とギャーギャー騒いでいた時間は、どこへ行ったの?


‥ねぇ、沖田そんなに睨んでばっかりいないで応えてよ。


行く先のない叫びからは何も生まれない、分かってるけどまだどこか沖田が少しでも私を覚えてるんじゃないかって思ってる自分は、もうどうしようもない。救う術がない。


「帰ります、」


そう言って歩き出した私を沖田はじっと見上げていたので思いっきり舌を出してついでに中指を突き出してやる。フンッ、今のあんたなら私の指折ろうとしても届くことすらできないだろバカ!


少し得意げな気持ちなはずなのに、心はぽっかりと穴が開いていてびゅうびゅう冷たい風が通るような虚しい気持ちだった。


前へ 次へ

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -