天使の笑みを見せても所詮悪魔 >沖田がしまい忘れた列五(レゴ)を踏むという災難に見舞われた私が、ずっと行きたかった厠から戻ると、庭に近藤さんと沖田が座り込んでいた。ああ見ると親子にしか見えない、いや…動物園のゴリラを観察する子どもっていう風にも見えなくもな「あ、めすぶたー!」 2人がどんな関係に見えるか立ち止まって眺めていると、私に気づいた沖田がこちらへ来るよう手招きをした。己がしまい忘れた玩具で人がクソ痛い思いしてるっつーのに反省の色を全く見せないだけでなく、もう完璧忘れているであろう沖田の屈託のない笑顔が少し治まったはずの足の痛みを感じさせる。 「やぁ、マナちゃん。よく来てくれたね」 草履に履き替え、2人の元へ向かうとしゃがんでいた近藤さんが立ち上がりニッコリ笑ってくれた。あぁ、何だろう。近藤さんのこのベストオブファザー感。隣の沖田とは似ても似つかないのに、すごい父親感出てる。近藤さんの視線がいつもより優しいのは、子どもの沖田に対してか、それともいま目の前の沖田との限られた時間を過ごす私に対してなのか。 近藤さんの表情ひとつにも意味を探してしまう自分の考えが少し、嫌になった。 沖田と遊んでいると、沖田が私をめすぶたと呼ぶと、ここへ来た本当の目的をふと忘れそうになる。いまこの時が楽しくて(例え列五を踏もうとも)迫り来る現実への不安が霞んでしまう。状況は、私だって近藤さんだって同じなはずなのに、私はこの孤独のやり場を知らない。1人で考えすぎて、今という大事な時間でさえも犠牲にしてしまっている気がする。 「さっきまで山崎とミツちゃんとかくれんぼしてたって聞いたよ、マナちゃん隠れるの上手なんだってなぁ」 近藤さんが歯をにぃっと見せて笑う。ハッとして私もつられて笑った。思ったよりも口角が上がって、自分はまったく笑っていなかったんだと気づく。純粋な気持ちがまっすぐ現れる沖田の表情と、重なる近藤さんの表情は、不安の煙で霞む私の心にやわらかく光をさす。 「いま、こんどうさんとままごとするんだ。めすぶたもきて」 「ブッフォ!沖田がままごと!?どういう風の吹き回し!?」 地面をよく見れば玩具の食器が並んでおり、沖田の小さな手には泥だんごが握られていた。沖田がままごとって、どんなままごとになるんだろうと若干の興味が湧いてきたので私はままごとに参加するべく、その場に座り込んだ。 「こんどうさんはおとうさん役で、めすぶたはクソババア役」 「…素直にお母さん役と言えないのかクソガキ。おもちゃのフォークでその頭強めに刺してやろうか、強めに」 「そんなこといってるからめすぶたはつれごのぼくとなかよくできないんだよ」 「つ、連れ子?連れ子って言った今?このままごと家庭環境が複雑なんですけど。ねねちゃん?クレヨンしんちゃんのねねちゃんどっかにいる?」 「俺にはお妙さんがいるからこの設定はちょっと…」 「近藤さん、いまそういう話してるんじゃないんですけど。つーか子供の遊びに何真剣になってるんですか。あたし何で振られなきゃいけないんですか!やだ!」 「もぉ、いいからふたりともこのごはんたべて」 しびれを切らした沖田が皿に乗った泥だんごを寄越してきた。いかんいかん、これはおままごとだ。遊び遊び。ここは育ての親でも生みの親でも演じてやろうじゃないか、ていうかそれ以前に沖田が連れ子なんてワード何で知ってるんだよ。真選組は一体どんな教育してんだ。 「ここはお家で今はご飯の時間なの?」 泥だんごを出されたってことは私(お母さん役)が作った的な流れでいいのかなとスプーンとフォークを用意している沖田に話しかける。小さな白い手は泥だらけだ。 「ちがうよ、ふたりがたべるごはんはおみせのごはんで、かってにたべたふたりはぶたにされる」 何の感情も見せぬまま、私にスプーン、近藤さんにフォークを差し出す沖田。 「…それままごとじゃなくて千と千尋だろうが!お父さんとお母さんが人間なの冒頭だけですけど!?あれをおままごとに持ってくるか普通!」 「気安く話しかけるなクソババア、次喋ったらボンレスハムにして即出荷させるぞ」 「ガラ悪っ!さっきまでセリフ全部平仮名表記だったくせに流暢に話しやがって!ムカつくな、おまえハクだろ。その俺様な話し方は冒頭のハクだろ」 「ぼくは、駿」 「駿…?そ、総監督ぅ!?そっち?制作側!?」 沖田の配役に思わずズルッと滑りそうになった。何これ、ただ私を豚にしたいだけのままごとじゃ?ツッコミが追いつかない…だれか、吉本か人力舎辺りのツッコミがキレッキレの芸人を1人寄越してください。 すると黙って見ていた近藤さんが自分の泥だんごスッとこちらに寄越してきた。目を細めて微笑むその表情に、なぜか…細胞レベルで拒否反応がして、ツッコミ消化不良で喉辺りが息苦しい私を瞬時に冷静にさせる。 「お食べ、お腹が空いていたろう?」 「……え、急に何ですか」 「え?ハクだけど」 「……ハクだけど?じゃないですよ。近藤さんがハクとか吐く。ていうかその無駄に優しい眼差しは何ですか、母さんがくれたんですか、ラピュタのエンディングですか。熱い思いは父さんが残してくれたんですか。ひときれのパンとナイフとランプをかばんに詰め込めばいいんですか」 「いや、千と千尋やるならハクがいないとじゃん?」 ほら、と団子を差し出す近藤さん。ラピュタのくだりオール無視か。あれ名曲なのに。ていうか……どっからどういう見方をしても貴方がハクに見えることはありません。早く仲間のいるジャングルへお帰り。トンネルを抜けるまで振り返ってはいけないよ。ってゴリラ語でどうやって言うんだろう。Siriとか答えてくれるかな。 「んーもう!ふたりともしぃーっ!はやくこのだんごたべて」 ままごとから脱線しまくっている私たちをぷーっと焼き餅のように頬を膨らませた沖田が見上げる。顔だけは可愛いな、ほんと。だんごよりそのほっぺが食べたいよ私は。 「そう言うめすぶたは、顔がゴミのようだ」 「…バッ、バルス!お前まじでバルス!」 心を読まれていた私に、沖田がニヤリと笑みを浮かべながら一言。この憎たらしさ…女の子の顔がゴミだと?泥だんご目ん玉にスパーキングしてやろうか。せっかくムスカになりきってるみたいだからこの際「目がぁ…目がぁあ!」って台詞も言わせてやろうかァ! メリメリと怒りがこみ上げる中、隣の近藤さんがまたもやこちらに団子を寄越してきた。その瞳は、さっきと同じく優しい。あんたはもういいって。 「マナちゃん、ハク様のお団子もお食べ。お腹が空いていたろう?」 「あーもうはいはい。とりあえずバルス」 「ちょっとマナちゃん!?滅びの呪文が雑!シータもびっくり!!」 温度差しかない2人の会話にケラケラと沖田が笑った。目をくしゃっとさせて小さな口からは可愛い笑みがこぼれて。 「ひひひひっ、こんどうさんバルスっていわれたねぇ、ひひっ」 まさか沖田にこんなにウケると思っていなかった私と近藤さんは豆鉄砲を食らった鳩のようにお互いの顔を見合わせた。 「マナちゃん、幸せっていうのはこういうことを言うんじゃないかな」 「激しく同意します。今ならハクが握ったおにぎり食べて泣いた千尋みたいにこの泥だんご食べて泣きそうです、私」 沖田の屈託のない笑顔に大人2人が若干声を震わせながら静かに悶えていると、 「フンガァ!」 いきなり沖田が泥だんごを私の口に何の迷いもなくスパーキングしてきた。泥だんごを掴んで私にぶつけてくるまでの動きに迷いがなさすぎて避ける暇さえ与えてくれないくせに、雑なフォームのせいで鼻の穴にも泥がイン。口の中は見事に土の味とジャリジャリした食感。え、こいつ人間?今の今まで天使も惚れるようなくぁわいい(可愛い)笑顔で笑ってたじゃん。 「ギャハハハハ!めすぶたのかおどろだらけぇ〜」 先ほどの笑いにくわえ、私の泥だらけフェイスを見てさらに爆笑に歯車がかかった沖田に、私がもうひとつの泥だんごを沖田にスパーキングしたのは言うまでもない。 前へ 次へ back |