硬くなった米は踏むとクソ痛い
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「やまざきくん見ーつけた!」


「ミツちゃん見ーっけ!」


真選組屯所にやって来て、まず始まったのはかくれんぼ。私が来る前もしていたから続き、と言った方が正しいけど。沖田は隠れるよりも鬼として探す方が楽しいらしく、それを聞いた時なんて沖田らしいんだろうと思った。私も仲間に入れてもらい早速かくれんぼをしているけど、すでに山崎さんとミツさんは沖田に捕まったらしく、私が隠れている庭の端まで沖田の声が聞こえてくる。


「あとはマナちゃんだね」


「マナさん、なかなか見つからないですね。隠れるの上手なんですね」


庭の端にある木の陰に溶け込むようにしゃがむ私を探す、鬼に捕まった山崎さんとミツさん。山崎さん地味だから見つからないと思ってたけど開始3分くらいで見つかってたな。それでも密偵か。ちなみに山崎さんは非番で、ミツさんはお昼休憩中らしい。屯所で生活する沖田はどんな風なんだろうと気になる私は隠れつつ3人の会話に耳を傾ける。


「あんなにでっかいケツしてるから、すぐみつかる!」


二人と話しながら沖田はキョロキョロと私を探している。な、なにがでっかいケツだバーカ!だったら早く捕まえてみろってんだよ。こちとら10分近くここで隠れてるのに沖田のやつ、何回も素通りしてるじゃん。お前の目は節穴か、あぁん?


「総悟くん、マナさんのケツがでかいなんてそんな失礼なこと言っちゃダメよ。お尻って言わなきゃ」


「…ミツさん、失礼なところ丸々残ってます」


ミツさんは沖田を叱るように言っているつもりだろうけど、山崎さんの言う通りだ。それに全然強がってないけど、ケツがでかい方が安産って言われてるじゃん?いや全然強がってないけどさ。ミツさんってこういう人なのかな?とまだ彼女の性格や人間性が分からない私はさらに3人の会話に耳を傾ける。


「でもめすぶたのおケツ、ミツちゃんよりでかいもん。肉まん100こぶんくらいあるよ」


沖田は人の注意に反省することなく、私を探すように屈んだり背伸びしたりしながら私のお尻事情を続けている。ケツと呼ばずおケツ呼びに直した点は評価したいけど、肉まん100こ発言のせいで台無しである。何だよ肉まん100こって。重くて歩けねーだろーが。あと他の女子と比べるなクソ沖田。世の中には生まれつきって言葉があるんだよ、レディーガガの曲でもあるからね、タイトルborn this way(生まれつき)だからね。ミツさんと私が同じ体型なわけないだろ。このお尻はオンリーワンなんだよ。


「でもめすぶたのおっぱいは、肉まんにくっついてる紙みたいだよね」


「「「…………」」」


どうしよう、10分近く耐え抜いたこのかくれんぼ遊びを放り投げて今すぐあいつのケツに肉まん100こぶち込みたいんですけど。肉まん100こ分の紙丸めて口の中に突っ込みたいんですけど。つーか山崎さんとミツさん何か言ってよ!何苦笑い浮かべてるの!?無言は肯定してるってことだよ!?


「でっ、でも隊長は、なんだかんだ言ってマナちゃんのこと好きでしょ?」


「…べつに、好きじゃない」


めすぶただの、肉まんだの饒舌に話していた沖田の歯切れが悪くなる。お?何だ何だ沖田のデレモードか?と沖田がどんな表情をしているのか気になって、木陰からそっと顔を出すと沖田はちょうど私に背を向けておりその表情は見えなかった。それでも”…べつに、好きじゃない”の本心は違う気がして思わず口元が緩む。私がいないところでも、沖田は相変わらず素直じゃないんだね。


「でもマナさんが作る卵焼き好きでしょう?私が作ったのは味が違うって言ってたもん」


「太ってる人が作る料理はおいしそうにみえるだけだよ」


山崎さんの流れでミツさんが沖田の顔を覗き込むように話しかける。ミツさんは沖田が素直じゃないこと知っててわざと聞いてるんだろう、彼女の楽しそうな表情が沖田をさらに追い詰めるかと思えば沖田は何も気にしない素振りでとんでもないことを言い出した。太ってる人が作る料理が美味しい、だぁ!?差別も良いとこだ、料理を舐めんなクソガキ!!あいつ絶対あとで殴る。問答無用で殴る。


「……あ、」


メラメラと込み上げる私の怒りと殺意に気づいたのか、隠れている私を山崎さんが見つけた。つられてミツさんも山崎さんの視線の先にいる私を発見。背の低い沖田だけが気づかず私に背を向けて探し続けていた。二人とも私の表情に、一瞬固まりその後苦笑いへと変わった。


「そ、総悟くんってば本当に素直じゃないわね。マナさん、総悟くんが卵焼き美味しいって言ってくれたらすごく喜ぶと思うよ」


常にほんわかしているミツさんが焦った表情を浮かべながら、沖田に話しかける。ミツさん、せっかく気を遣っていただいたところ申し訳ないが卵焼きを美味しいと言わせる前にヤツを木に吊してサンドバック状態で殴らせてくれないかな!?私はその間に亀田三兄弟呼んでくるんで。


「そ…そうそう。隊長が言わないなら俺が言っちゃおうかなあ!俺が美味しいって言ったこと喜んでくれて、俺だけに卵焼き作ってくれるようになっちゃうかもなあ!あははははは!!」


…山崎さん、安心してください。それは絶対ありませんよ。つーか嫌だ。


「(ちょっとォオオ!俺のフォローを蔑んだ目で見ないでよ!!)」


と、こちらを見る山崎さんが心の中で思ってそうだけど無視無視。つーかトイレ行きたくなってきた…


ずっと同じ姿勢で隠れ続けていることで体が痛くなってきたのと(まさかこんなにかくれんぼが得意だとは思わなかった)じりじりとやってきた尿意。私は沖田がこちらに背を向けている隙に木陰に隠れながら厠へ行こうと移動し始めた。そろりそろり、足音を立てないようにまるで忍のような動きをしながらふと「平日の昼下がりに何やってんだろう、私」と思った。すると一瞬、尿意が遠くなった。


「っどっこいしょ、っと…」


無事沖田の目を潜り抜け、屯所に上がり込む。オッサンみたいな台詞が思わず出てしまったのは、ずっと屈んでいた腰が痛いからで。草履を脱いでいざ、厠を目指す。


「…ん、待てよ。厠ってどこ?」


屯所には何回も来たことがあるけど、今まで私は、厠には行ったことがないことに気付いた。ていうかむさ苦しい男ばっかりの場所にレディ用のトイレってあるの?ゴリラがウ○コしたあとの便座で用を足せと…!?いやいや、無理無理。


辺りを見回しても隊士はいないし、襖だけがズラーッと並ぶだけで厠らしき場所が見当たらない。ただ静かな空間に、己の尿意だけが募る。あぁ…!厠の場所が分からないと余計行きたくなるゥウ!どっ、どどどどどどこだァアア!?


「(トイレの神様でも植村花菜でも良いから私をトイレにお導きを…!お願い、家にあるカリカリくんの当たり棒あげるから!)」


ただ、じっとしているのも無駄なので(というかいまこの状態ではじっとなんて出来ない)とにかく移動しようと、歩き始めたときだった。


「……っ、だァ゛ァ゛ア゛!!」


歩き始めた右足の裏に何かを踏んづけた感覚がして、次の瞬間激痛が走ったのだ。その痛みは限界だった尿意すらかっさらうほどで、とても年頃の女の子の声とは思えぬ叫び声を出しながら私はその場にしゃがみ込んだ。


「この辺りからとても年頃の女の子の声とは思えない叫び声が聞こえたけど……ってマナちゃん?」


うずくまる涙目の私のもとへ超失礼な台詞をクソわざとらしく言いながらやって来たのは山崎さん。何面白くもないボケかましてんだよ、ツッコミだろあんた!しかも感情のこもってない台詞のくせして小走りで来たのがまた腹立つ。


「(…ハッ!)こっ、この辺りからとても年頃の女の子とは思えない叫び声が聞こえたと思ったらマナさん?」


そんな山崎さんの台詞を復唱し出したのは一緒にやってきたミツさん。何、何なのこの2人。激しくウザいんですけど。あとミツさん最初の(…ハッ!)って何だ、何を察したのミツさん。さすがに他人に同じこと2回言われると気にするからね、年頃の女の子は!!!


「いえ、あの…山崎さんツッコミなのに何でボケたってマナさん言ったから、だったら私が言った方が良いかなって…」


「何で!?!?ミツさんどこで自分の使命感感じてるんですか、つーかミツさんツッコミじゃないと思うんですけど私が見る限り」


「何でやねん!」


「「………」」


カッチカチのツッコミをしながらミツさんがうずくまる私の肩を軽く叩いた。やだ、ミツさん自分が大やけどしてるって気付いてない!?つーかやめて、こっちにも飛び火してっから!被害者増やさないで?思わず隣の山崎さんに視線をやる。


「………」


「………」


山崎さんのいたたまれない表情が非常にいたたまれない。何、何なの、ミツさんのキャラが分からない!今のところ絡むと面倒くさそうくらいしか分からない!


「めすぶた見ーーっけ!!」


そんな鼻水も凍る空気を壊すように、ダダダダッとこちらへ走ってきたのは沖田。今まで何が起きていたかなんて知る由もない、ただかくれんぼだけを楽しんでいる沖田が天使に見えた。ていうかかくれんぼしてたね、そういえば。


「めすぶたおっきい声だしてどうしたの、仲間のぶた呼んだの?」


「違うわ!何か踏んだの、めっちゃ痛い。ウニか剣山辺り踏んだ……って何これ」


最後の1人を見つけてご満悦な沖田は楽しそうにピョンピョン跳ねながら私へ問いかける。そうだ、ミツさんの暴走で忘れてたけど私何か踏んだんだった。そう思うと途端にやってくる足の裏の痛みに耐えながら足元を見ると痛みの犯人が落ちていた。


「…列五(レゴ)だ」


鮮やかな黄色の小さく四角い物体。小さい男の子が夢中になる人気の玩具だと、沖田がボソッと答えを言うまでは小さすぎて分からなかったけど…なるほどこれは痛い。


「列五ね、総悟くん」


「列五だね、ミツちゃん」


「お、きた…ァアア!」


まるで草むらでてんとう虫を発見したようなテンションで黄色い列五を見つめる沖田に足元から怒りがこみ上げる。沖田が、しまい忘れた、玩具で、何で、何も悪いことしてない私が、こんな目に…!!


「…やまざきくんじゃない?最後遊んだの」


「えぇ!?いや、違うから!!何平然とした顔で罪なすりつけようとしてるの!マジやめて」


微塵も反省する気がない沖田に、表情筋が活発に動く。今なら手だけじゃなくて足の関節もバキボキ鳴らせるわ。


「沖田ァ、ちょ〜っとこっちおいで〜?そのサラッサラな髪引っ叩いて、遊び果たされたリカちゃん人形の頭みたいにしてあげるから」


「やれるもんならやってみろ、デカケツ星人〜!」


得意げに自分のお尻を叩いて逃げ出した沖田に思わず私の体も勝手に動いて、足元の列五を掴む。


「待てやァアア!奥歯抜く!ギャン泣きしてもその奥歯抜いてやる!どうせ乳歯だろ、この列五(黄色)仮歯にしやがれクソガキィイ!!」


「マナさん、奥歯は永久歯ですよ」


いざ裸足で庭に駆け出そうとした私に、ツッコミができないと思っていたミツさんがニッコリそう言った。


空気がピタッと止まる、そんな中、沖田が遠くなっていく足音だけが聞こえて。


「…ナ、ナイスツッコミィ〜」


怒りも痛みも尿意も、スッと消えた私は引きつる表情でミツさんに微笑み返すことしかできなかった。


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