鬼の目に映ったもの
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「…悪かった」


万事屋のみんなが帰った後、堪えきれなくて少しこぼれた涙を乱暴に拭いながら部屋へ戻ると土方さんが私の方を向いていた。謝られたことに驚きつつも泣き顔を見られたことの方が恥ずかしくて、泣き顔を隠すように大きく首を横に振った。


「何で謝るんですか、卵手に入ったんですよ」


今さらな気もするけど、微笑みながらほら、と卵を得意げに土方さんに見せる。明らかに暗い雰囲気に、私の笑顔は異質だった。


「藤堂じゃなく俺がきちんと頼み込まねェといけねェ状況で、頭を下げさせた。情けねェ」


相当落ち込んでいるように見える土方さんに続くように、山崎さんも頭を下げた。


「マナちゃん、俺もごめんね。でもありがとう」


「…お礼は万事屋のみんなに言ってください。3人がいなかったら山崎さん飛ばされてたわけですし」


少しからかうようにニッコリ微笑むと、山崎さんはハッとしたあと私と同じように笑った。そうだ、喉から手が出るほど欲しかったものが手に入ったんだ。方法はどうであれ喜ぶべきでしょ。やっと沖田が元に戻れるんだ。譲ってくれた万事屋のみんなのためにも沖田には美味しく調理して食べてもらおう。久々に明日が楽しみに思えた。







その後、すっかり遅くなったからと土方さんにパトカーで家まで送ってもらうことになった。治療薬が手に入ったということはもうすぐ沖田に会えるということで。じわじわとこみ上げる何とも言えぬ嬉しさと対して静かな夜に気持ちが落ち着かない。


「俺は、藤堂のこと見くびってたみてェだな」


とくに話すこともなく静かな車内は土方さんの柔らかい声で、沈黙を破った。窓に頭をもたれさせどこまでも続く夜空を眺めていた私が土方さんを見ると彼は真っ直ぐ、遠くを見つめていた。元々黒い髪がさらに黒々しく暗い車内に溶けて見える。


「正直、この前屯所でお前が泣いたときやっぱり子どもの姿になった総悟と会わせるべきじゃなかったと思った」


赤信号で止まった土方さんがハンドルから手を離して背筋を緩める。やっぱり、という言葉からして土方さんは一度でも、私と沖田を会わせることを躊躇していたんだ。まさかそんな気遣いをしてくれていたなんてビックリだ。実際には、子どもになった沖田が脱走して、たまたま街中で遭遇してしまうというどうしようもない結果になっちゃったけど。


「…たしかに最初沖田が子どもになったって聞いたとき、姿を見たときは受け入れられませんでした。でも沖田と時間を過ごして、最初は冷たかった沖田ともだんだん近づけて…やっと子どもの沖田に対して気持ち的に余裕ができたとき、治療法が見つかるかもしれないって聞いて。なんか、こう…感情があふれちゃって、沖田が元に戻ってくれることが一番なのは痛いほど分かってたんですけどでも沖田やっと仲良くなれたのにって…受け入れ難かったっていうか…すみません気をつかわせちゃって」


「いや。普通受け入れられることじゃねェよ、人間が子どもの姿になっちまうなんて」


あの日土方さんの前で泣いてしまったことを思い出して恥ずかしさが押し寄せる。よく考えてみたらあの日から土方さんとは会うのは今日が初めてだった。治療薬の話を聞いてそれどころじゃなかったけど。ぐちゃぐちゃの顔で泣いて、おまけにあのときはタイミング悪く沖田まで来ちゃって、土方さん大変だっただろうななんて他人事のようにあの日を振り返る。


「……俺は総悟と付き合いが長い。今の総悟と同年齢のときの実際の総悟も知ってる…だからか、色々と懐かしくなって、あいつと時間を過ごしていくうちに少なからず情が出てきちまった…あんなクソガキ1人に情けねェ話だ」


自分に呆れるように笑い、ゆっくりと瞬きをする土方さんの表情がとても新鮮だった。少なくとも私の中の土方さんは真選組の基盤をしっかり支えて厳しくも引っ張る、常に迷いのない人間に見えていたからかもしれない。


「土方さんは自分を責めすぎですよ、きっとみんな…今日まで沖田と過ごした人たちみんな寂しさを感じてます。私なんて沖田に情持って行かれまくりですよ。それに元の姿に戻ったら今いる沖田はいなくなっちゃうですか…それがすごく悲しくて。沖田は沖田なのに、って」


「…でもお前は、少なくとも今日の藤堂は俺なんかよりずっと、目先の感情よりも沖田のことを真剣に考えてた」


「今日のことは……沖田を元に戻したいって、その気持ちだけでした。今まであれだけうじうじしてたのに今日は、子どもの姿の沖田のこと…全く浮かばなかった。でもよく考えたら、沖田は違法薬物に感染している危ない状態なわけで可愛い子どもっていう部分だけ見るのはおかしいなって。今の沖田が存在しちゃいけない、って言うと悲しいですけど子どもの沖田は沖田であって沖田じゃないから、せめて最後は私たちがちゃんと今の沖田とさよならしてあげないと…ダメだと思うんです」


だから私たちが落ち込んでるヒマなんてないですよ、私が微笑んでみせると土方さんは珍しくその冷たい切れ長の目をパチクリとさせた。自分で発した言葉に、ずっと胸の中で硬く固まっていた迷いや葛藤がするすると溶けていく感覚がした。自分の気持ちを言葉にして、いま初めて自分の心に届いたのが分かった。自分勝手な迷いや弱さを、決意と強さに変えてくれる答えは不覚にも自分自身から出てきたのである。


「……総悟のやつ、とんでもねェ女を見つけてきたもんだ」


「え」


とんでもねェとはどういう意味だ?と驚く私に脱力した表情の土方さんがフッと笑う。その横顔はお手上げだとどこか諦めを感じさせる笑みを含んでいて。いきなりそんなこと言われると思わない私に、青信号を確認した土方さんが車を静かに走らせる。



「お前のこと、ただの弁当屋だと思ってたがとんだ誤算だったってことだ」


「何言ってるんですか、私はただの可愛いカリスマ性溢れる弁当屋ですよ、ただの」


「そうだったな。よーしちょうどお前ん家着いたぞ」


「え、もう?……ってここゴミ捨て場ァ!」


「明日は可燃ゴミらしいぞ」


軽い冗談は、パトカーの急ブレーキと目の前に広がるゴミ捨て場というとんでもない返しで私を襲ってきた。土方さん、私のこととんでもねェ女とか言ってたけどあんたの方がとんでもねェよ、おっかなびっくりだよ!!





「夜遅くまで悪かったな、」


「…いえ、こちらこそふざけてすみませんでした」


この少ない時間で、今後土方さんを敵に回すのはやめようとゴミ捨て場からまた走り出したパトカーの中で固く心に決めた。そしてパトカーで帰ってきたところを見られるのはご近所的にまずいと思って、家の少し前でパトカーを止めてもらった。


「帰宅が遅くなったこと、本当に親御さんに説明しなくていいのか」


「友達と会ってたって言うので大丈夫です」


「お前友達いるのか」


「土方さん私のこと何だと思ってるんですか」


「冷えた老人の匂いがするインド人」


「冷えた、老人の匂いがする、インド人…略してヒロイン!ヨッ、お見事正解!ってなんでやねん!た、たしかに私ヒロインだけどちゃう!そういうヒロインちゃう!つーかそれ本編のイラスト企画のネタじゃないですか懐かしいな!」


サラッと真顔で失礼なリアクションをした土方さんに思わず関西弁が飛び出してしまった。何なんだよ土方さんのキャラが読めないよむしろ未知数なんですけど。常に冷静で常識人、鬼の副長である土方さんまで私をそんな扱いするのか、とどこか裏切られた気持ちになりながらも今まで知らなかっただけで土方さんは本来こういう人間なのかもしれないと妙な予想がついた。副長と言えど組織で見ればあの真選組だ、変人であることに疑問は抱かなくなる。むしろ納得だ。


「お前、なんか失礼なこと考えてないか」


「お、おやすみなさーい!いい夢を!」


補足情報、土方さんは勘がいいらしい。


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