まあるい あまい うれしい (ハロウィン番外編)
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もし剣道部マネージャーが
弁当屋の看板娘だったら


※以前、本編連載時のアンケート企画で書いた弁当屋連載学生パロのハロウィン版です。江戸川粉篇では子ども沖田くんばかりなので、久々に元の姿の沖田くんとヒロインちゃんを書きたくなりました……







「沖田くん、これあげる」

「あ、あたしもあたしも!」

「沖田くんチョコとマシュマロどっちが好き?」


ハロウィンのおかげで、菓子を学校に持ち込む生徒が多く朝から俺のポケットにはビスケットがひとつ…どころかポケットから溢れんばかりの菓子がこんもり詰まった。昼前に購買で菓子パン買おうと思ったけど、こんだけありゃいらねェなと早速もらったイチゴ味の風船ガムを噛みながら教室へ向かっていると前からもの凄い勢いで走ってくるイノシシが一匹。


「誰がイノシシだボケェ!」


俺の目の前で立ち止まり睨みつけてきたのは藤堂マナ。同じ剣道部の部員で、剣道部落ちこぼれポンコツマネージャーだ。


「さっきから適当なこと言わないでくれない!?落ちこぼれポンコツって失礼な!!」


朝からよくもまぁこんなに元気あるな、と若干引いた目で見ていると、おはようと一応挨拶をしてきたあと右手の手のひらを差し出してきた。


「おー悪ィな、ちょうどガムの味なくなってきたとこだったんでさァ」


俺が口の中のガムを取り出すフリをすれば、藤堂の開いていた手のひらがたちまち拳に変わる。さらには揃っていた両足から片足が一歩下がり、その姿勢はさながらプロボクサーである。


「あんたのゴミ処理なんかするわけないでしょ、部費だよ部費!!」


マネージャー業務の一つである部費回収。少し前から回収していたが、最近になって俺以外は全員出したらしくこいつの徴収攻撃は日に日に増している。部活中はもちろん、授業の合間や今日みてェに朝イチにやって来ては部費を出せとしつこく言ってくる。お前はN◯Kか。


「昨日あれだけ言ったから持ってきたよね!?」


「あー金なら朝寄ったコンビニの募金箱に入れてきたわー」


「嘘つけェエエ!あんたに限ってそんなことするわけないでしょ、つくならもっとマシな嘘ついたら!?」


こいつをからかうのは良い暇つぶしになるので、わざと持ってきてないことを言ったら本人はたぶん怒り狂うだろう。その表情はぜひカメラに収めてしばらく楽しみたい。


「そういや、今日ハロウィンだけどお前は菓子くれねェのか」


「あげるわけないでしょ。ていうか話そらさないでさっさと部費」


即答しまたも手を差し出す藤堂。俺より小さいくせに、見上げる目線は鋭い。全然怖くねーけど。その後も俺が部費を渡さねェままからかっているとしばらくして朝の予鈴が鳴ったので、不完全燃焼のまま藤堂は来た道を帰って行った。





キーンコーンカーンコーン…


午前中の授業を終え、教室で昼飯を食っていると何やら教室がざわついた。


「げ、」


「げ、って何だお前。ちょっと頼みてェことがあるから来い」


ざわつきの理由は同じ剣道部で三年の土方さんが来たからだった。俺ら下級生の女子からも人気のある土方さんは女子たちの視線に居心地が悪そうな気まずい表情を浮かべながら俺を廊下に呼びだす。


「何ですかぃ、俺忙しいんで手短にお願いしやす」


「…相変わらずうぜぇな。暇そうに弁当食ってただろ」


「失礼ですねィ、世界平和について考えながら飯食ってたんでさァ」


「どんな高校生活を送ってんだテメーは………話がそれたな、この書類を藤堂に渡しておいてくれ」


「俺の教室まで来るくらいならあいつの教室まで行けば良いじゃねーですか、あいつ3組だからすぐそこですぜ。まさか照れてんですかィマジきめぇ」


「行ったわ!!あいつのクラス、四限目が体育か移動教室かでまだ帰って来てねぇんだよ、今日の部活までに書類の残り書くよう渡しとけ」


そう言って強引に書類を俺にもたせた土方さんはそそくさと三年の校舎の方へ帰って行った。土方め、頼み方が図々しいんでィ。しかも今あいつに絡みに行ったら間違いなく一言目に「部費!!」って言われるんだろうな、めんどくせ。藤堂のキレ顔を思い浮かべながらとりあえず世界平和の続きを…と俺は教室へ戻った。



「何、部費持ってきたの?」


「ブヒブヒうっせーな、昼くらい黙って飯食えよメス豚。土方さんから預かりモンでィ」


昼飯を食べ終わってから書類を持って藤堂のクラスへ行くと、ちょうど廊下側の席で友人たちと固まって弁当を食べているところだった。


「っぐ、豚って言うな!!!」


おにぎり片手に廊下へやってきた藤堂は案の定キレたが土方さんからの書類を受け取るとマネージャーらしく内容を確認。俺がその隙におにぎりをひょいっと取れば藤堂は、あぁっ!と反応して書類から俺に視線を移した。本当飽きねェわこいつ。


「藤堂〜」


俺がおにぎりを高い位置まで掲げ、それを藤堂が必死に取り返そうと奮闘していると、教室から男子が藤堂を呼びながらひょっこり顔を出した。ハッキリ目立つ顔立ちと着崩した制服、髪は丁寧にセットされているこの男はたしか結構ヤンチャだと噂の生徒だ。クラスメイトだからこいつの名前を知っているのは当たり前なのに、いざこいつの名前を呼んでいるのを見ると何か引っかかる。


「ん、何?」


俺とのおにぎり戦争は一旦中止、藤堂が男子生徒の方を向く。


「何か菓子持ってねぇ?ハロウィンだから女子たち持ってるかと思ったらみんな食っちまったらしくてさ〜」


男子生徒が下唇を突き出して悲しそうな表情をすると、教室内から笑い声が起きた。菓子くらい自分で買えよ、とたんまり貰った俺が言うのも何だが内心そう思っていると藤堂が制服の胸ポケットからチョコレートを取り出した。菓子持ってんじゃねーか。今朝俺が聞いたときはくれなかったくせに、つくづくこいつは俺に部費しか求めてねぇんだな。


「チョコならあるよ」


「マジ!?俺チョコ好きなんだよね、サンキュ!」


男子生徒は藤堂が差し出したチョコレートを嬉しそうに受け取ると礼を言って教室の奥へと消えた。藤堂は振り返っていたため、チョコレートを渡すときどんな表情をしていたか俺は見えなかった。だがあの男子生徒と話す声は俺と話すときよりもずっと落ち着いていて、女子らしかった。俺がいつもわざと怒らせているから俺が怒った声しか知らねェのは仕方ねぇのに、心に細い針がプツリと刺さったような感覚が胸を襲う。アレか、朝飯で食ったサンマの骨が刺さったかな、うん。たぶんその痛みだ。


「沖田?何ボーッとしてるの?」


こちらに振り返った藤堂が俺をじっと見上げる。ほとんど部活でしかこいつと絡まない俺は、普段のクラスで藤堂がどんな風に笑って話すのかをきちんと見たことがなかった。でもいざ見ると、こいつが途端に遠い存在に感じる。鈍器で殴られたような頭にガツンと衝撃が走ったような感覚。


たかが、クラスメイトと話しているのを見ただけで。


「ちょっと沖田聞いてる?ていうかおにぎり返せー!」


俺にはくれなかった菓子を、クラスメイトに渡してるのを見ただけで。


「五限目移動教室なんでィ、そろそろ行かねーと」


「え?ちょ、おにぎり返し…あぁ!食べたァアア!?」


どうしてこうも胸がムカムカするんでィ。腹は減っていなかったが、あいつから無理矢理奪ったおにぎりを喉の奥に押し込む。俺の家とは違う、他人の家庭のおにぎりの味は俺の何も満たしてくれなかった。





ガラガラッ、


「あれ、沖田もう来たの?めずらしー」


放課後、あれから気分が上がらないまま部活へ向かうと藤堂が終わった洗濯物をたたんでいた。俺とこいつしかいない武道場はとても静かだ。


昼間、こいつからおにぎりを奪ったのにもう忘れたかのように普通に話しかけてきた藤堂に若干動揺しながらも、他の部員が来るまでは暇なので藤堂の隣に座り込む。


「今日ハロウィンだな、」


「なに、急にどうしたの」


どこにもハロウィンの話題を関連付けるものはないのにハロウィンの話をし始めたから、案の定藤堂は驚いて、洗濯物をたたむ手を止めてこちらを見た。


「別に。菓子いっぱい食ったなと思っただけでィ」


「女の子からでしょ?そんなにいっぱい食べたんならランニングとかしたほうがいいんじゃないの?ブクブク太るよ」


「たしかにお前みてェになるのは勘弁だな」


「…んぬぐぅ…っ!」


眉をひそめて悔しそうに唇を噛む藤堂。いや、今のはどう考えてもそう返されるって予想できただろ。だがその表情にどこか安堵している自分がいるのを感じた。性格悪ィなー俺。


「……お前はくんねぇのか」


再び洗濯物をたたんでいた藤堂の動きがまた止まる。さっきはパッとこちらを見たが、今度はゆっくり視線を俺に移す藤堂は俺の表情を伺っているように見えた。


「お菓子くんねェとイタズラするぞー」


少なくとも今の台詞からではイタズラする気はなさそうな無気力な声とともに差し出した自分の手のひらが夕日に照らされる。菓子はさっきあいつにあげたので最後と言われたら何か落ち込むな……とか思う自分は菓子の有無よりも、くれるという行為への期待をしているんだと思う。そんなことで自分が満足するのかもしれないと思うと己の単純さに笑えてくる。


「あ〜飴ならあるよ」


俺がハロウィンの台詞を使ったわりには普通な返しとともに藤堂が差し出したオレンジ色のキャンディが自分の手のひらにストンと落ちてくる。と同時にボールが転がったようなくすぐったさが胸を掠めた。思っていたよりもあっさり手に入ったので、感情が追いついていない。部費も出さず、おにぎりを横取りした俺にこいつはどんな気持ちでくれたんでさァ、なんて飴一つに深い理由を問いただしてしまいそうになる。俺は今どんな顔をしてるんだ。


「ちなみにそれ”部費をいつまでも出さないおにぎり泥棒の肌がプロア◯ティブも許容範囲外レベルのボッコボコのカッスカスになりますように”って呪いかけてある飴だから」


「…上等でィ」


中指を突き出し怪しく微笑む、その笑顔とは呼べない笑みは、俺の知ってる憎たらしい藤堂で。きっとこの表情は俺しか知らねェんだろうなとちっぽけな優越感は俺をどんどん満たしていく。こんなブッサイクな顔見るのは俺だけで充分でィ。


まあるいそれを口に含む。やっと追いついた感情は口の中の甘さと似ていた。


人工的な甘さが舌で溶けていく。この味を忘れたくないと、柄にもなく恋しくなった。




2015.10.25
早く沖田くん帰ってきますように!


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